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【基礎知識】安倍内閣の安保戦略はどこへ向かうのか?

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前日移動した機体(下の右3機)が駐機する普天間飛行場に着陸する垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ。左端の機体は今日着陸した2機目=沖縄県宜野湾市で2012年10月2日午後0時10分、和田大典撮影(毎日新聞社)

前日移動した機体(下の右3機)が駐機する普天間飛行場に着陸する垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ。左端の機体は今日着陸した2機目=沖縄県宜野湾市で2012年10月2日午後0時10分、和田大典撮影(毎日新聞社)

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沖縄県知事が辺野古埋め立て承認

 2009年秋の民主党政権発足以来、米軍再編の一環である普天間基地移設をめぐって軋みの出ていた日米同盟は、第2次安倍内閣によって修復の兆しを見せた。2013年12月27日、沖縄県の仲井真弘多知事は、普天間基地の移設に向けて政府が申請していた名護市辺野古沿岸部の埋め立てを承認した。この申請はすでに2012年3月に提出されていたが、この間、知事が承認しやすいような環境整備に時間が費やされていた。

 安倍首相が仲井真知事に示した条件のポイントは次の3つ。

 第一が、沖縄県が求めていた日米地位協定の一部改定だ。移設にあたって、自治体が米軍基地内で環境調査をおこなえるよう新たな協定の締結に向けて、米政府と交渉に入ることを約束した。

 第二は、過剰な基地負担の軽減である。おもに垂直離着陸輸送機オスプレイの県外移転、普天間基地の5年以内の稼動停止と早期返還、さらに牧港の補給地区および倉庫地区の返還時期の短縮を提示した。

 第三は、沖縄振興計画(2012~21年度)の実施期間内に、毎年3000億円台の振興費を確保するという点だ。そのため、政府は2014年度予算案の沖縄振興費を内閣府の概算要求額を上回る3460億円とし、12月24日に閣議決定した。

 このうち政府側がもっとも気をつかったのが、1960年に米軍の駐留ルールを決めた日米地位協定の改定だった。もともと地位協定は「米兵が罪を犯しても起訴するまでは日本側で身柄を拘束できない」など、日本にとって著しく理不尽な条項が多く、沖縄県は何度も改定を要求してきた。しかし、協定が発効して以降、米政府は一度も改定に応じたことはなく、運用改善にとどめてきた。今回も、当初はハーフ国務省副報道官が、「交渉に同意したことはないし、今後も検討しない」と改定を強く否定していた。しかし、首相の意向を受けた外務省が米側と交渉した結果、米側は幅広い見直しではなく、環境対策に限って「現行の協定を補足する新たな政府間協定」を結ぶ形式であれば協議に応じると歩み寄りを見せたという経緯がある。

 新協定では、環境調査などで自治体が基地内に立ち入ることができるようにする統一基準を定めるほか、基地内に高度な環境基準を適用し、環境に配慮した施設整備のための日本側の費用負担なども協議する予定だ。

 沖縄県が求めるオスプレイの県外移転については、首相は「訓練の約半分を本土に移すよう努力する」と説明した。実際、2013年10月には滋賀県で日米合同のオスプレイ飛行訓練が実施され、福井県も受け入れを表明した。小野寺五典防衛相は、来年度予算案に沖縄以外の自衛隊基地にオスプレイ格納施設を設置するための調査費を計上すると約束した。

 仲井真知事から要望のあった普天間基地の5年以内の運用停止・早期返還についても、安倍首相が返還時期の前倒しに努力する考えを伝えた。このほか、返還されれば商業施設の建設によって地元
経済の活性化につながると予想される牧港補給地区については、7年内の全面返還を目指す特別チームを防衛省内に設置する、また牧港倉庫地区の返還についても、これまで2025年以降とされていた
日米合意を、政府が最大限短縮するよう努力することを強調した。

 以上が、辺野古埋め立て承認に向けて、政府が沖縄県知事に提示した条件のあらましである。

名護市長再選で辺野古埋め立ては不透明に

 普天間基地問題は、全面返還が決まった1996年の日米合意からすでに18年近い歳月が流れている。住宅密集地に隣接することから「世界一危険な飛行場」といわれた普天間基地。その代替施設として名護市辺野古沖に海上ヘリポートに設けるとした政府案に対し、地元では、日本における米軍基地面積の7割以上が沖縄に集中する現実から、本土に応分の負担を求める反対派と、基地負担と引き換えに受ける沖縄振興費のほうを優先する容認派が対立し、調整は不可能だった。98年には「現実的対応」として県北部に軍民共用飛行場を建設する案を掲げた稲嶺恵一知事が当選、打開の兆しも見えたが、建設にともなう生態系破壊を懸念する声が根強く、建設場所と工法をめぐって、さらに二転三転、やはり計画はまとまらなかった。

 辺野古沿岸部に滑走路2本をV字型に建設するという案で日米が合意したのは2006年だった。ところが、2009年の総選挙で、民主党が「最低でも県外」を掲げて勝利すると、再び迷走が始まった。辺野古沿岸部案に戻ったのは、翌年5月、米国との交渉がことごとく不調に終わった鳩山首相が、「県外」を断念してからのことである。しかし、その後も地元の反対は根強く、計画は塩漬けの状態にあった。在沖海兵隊の一部グアム移転など米軍再編を進めたい米国側が、いつまでも進捗しない基地問題に、いらだちを募らせたのはいうまでもない。

 この難題に良くも悪くも決着への道筋をつけたのが、2013年末の仲井真知事の埋め立て承認だった。米国防省のヘーゲル長官は12月27日、声明を発表し、「知事の決断を評価する。これまでの在沖縄米軍再編の取り組みの中で達成した最も重要な一里塚だ」(毎日新聞12月28日付)と、知事の決断と安倍政権の解決に向けた熱意を評価した。

 しかし2014年1月19日に行われた名護市長選では、辺野古移設に反対の稲嶺進市長が再選、「埋め立てが前提の協議や手続きはすべて断る」と強調した。今後、埋め立て用土砂の採取を市が拒否するなど、工事の難航が予想され、移設計画に遅れが出るのは必至の情勢となった。いっぽう、仲井真知事は選挙結果を受けて、「もう承認したので、いまからどうこうできない」と、容認姿勢は変えないことを明らかにした(1月19日)。

安保戦略の要、日本版NSCの創設とNSSの策定

 基地移設問題と並行して、安倍政権は11月27日、政府の外交・安全保障政策の司令塔となる「国家安全保障会議」(日本版NSC)創設法案を成立させ、12月7日には外交・防衛・スパイ活動防止・テロ活動の4分野で特定秘密を指定し、漏洩した公務員・民間人に懲役を科すという「特定秘密保護法」を強行成立させた。

 さらに12月17日には、今後10年の外交・安全保障政策の基本となる「国家安全保障戦略」(NSS)を初めて策定。これに基づく「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」もあわせて閣議決定した。NSSでは、「積極的平和主義」という基本理念を打ち出し、軍備増強を続ける中国や北朝鮮への強い懸念を表明、さらに武器輸出を禁じた「武器輸出三原則」に代わる新原則も定める方針を明らかにした。

「新防衛計画の大綱」では今後10年にわたる自衛隊の増強方針とともに、離島防衛を念頭に、陸海空自衛隊の統合運用を重視し、機動的に部隊を動かす「統合機動防衛力」構想を発表した。「中期防衛力整備計画」では、当初5年間の総額24兆6700億円に1兆円以上を増額する防衛力増強方針が打ち出された。

集団的自衛権の政府解釈変更を目指して安保法制懇が復活

 12月17日には、内閣の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の構築に関する懇談会(安保法制懇)」(座長・柳井俊二元駐米大使)も開かれた。席上、安倍首相は「今まで以上に積極的に国際秩序を支えるべき」と、PKOなど国連の集団安全保障措置に積極的に協力できるよう憲法解釈の見直しを提起した。あわせて集団的自衛権の行使については、「日本が個別自衛権だけで国民生活を守り、国家の存立を全うできるのか」と、その必要性を語ったという(読売新聞12月18日付より)。

 安保法制懇は、2007年7月、第1次安倍内閣の下で発足し、いわゆる“4類型”について「集団的自衛権の行使を認めるべき」との方向性を示した報告書を作成したことで知られている。4類型とは、以下の4つのケースである。

(1)公海上で併走中の米国艦船が攻撃された場合の米艦防護

(2)同盟国の米国を狙った第三国の弾道ミサイルをMD(ミサイルで防衛システム)で迎撃

(3)PKO活動中に共に行動する他国軍への攻撃に対する自衛隊の応戦

(4)前線への武器輸送を含む後方支援

 しかし、この報告書をまとめたときには、すでに安倍内閣(第1次)は退陣しており、福田康夫内閣に提出された。以後、同報告書は、歴代内閣では検討されることなく放置されてきた。第2次安倍内閣が成立すると、首相はこの安保法制懇を復活させ(2013年3月)、集団的自衛権の政府解釈変更を念頭に議論を進めるよう指示した。この安保法制懇では、前記4類型に加えて、「日本近隣有事の際、武力攻撃した国に武器を供給するために航行している外国船舶への立ち入り検査や、米軍およびその支援国軍への攻撃を排除できるか」「米国を攻撃した国に武器を提供した外国船舶への検査が可能か」「日本の民間船舶が航行する外国の海域で機雷除去ができるか」「国連安保理決議に基づいて多国籍軍が組織された場合に参加できるか」といった事例についても議論が重ねられ(朝日新聞2013年10月17日付)、2014年4月に報告書が提出される見込みだ。

 これと平仄(ひょうそく)を合わせるように、菅義偉官房長官は、安保法制懇の開かれた12月17日の記者会見で、安倍首相が目指す政府の憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認について「来年度以降の課題となる」と明言した。予算成立後に先送りしたのは、この問題に慎重な態度をとる与党・公明党に配慮したという見方がもっぱらだが、集団的自衛権の行使容認に向けた政治日程が明らかにされたという点では、戦後初めてのことである。2014年1月12日には、安全保障担当の礒崎陽輔首相補佐官がフジテレビの番組中で、「国会が終わってからでは敵前逃亡のような感じがある。国会中にしっかりと決めたい」と、6月22日までの会期中に解釈変更の結論を出す考えを示した。

集団的自衛権論争は今国会が山場

 安倍政権は発足わずか1年で、これまでの日本の安全保障政策を根底から変える重要決定を次々と打ち出してきた。その方向性は、防衛力を増強し、PKO活動ほかの展開にもかかわっていくという「積極的平和主義」にある。靖国参拝では米国務省から不評を買ったものの、安倍首相の安保政策が、米国防総省からは日米同盟の強化につながると評価されているのも事実だ。

 安倍政権が立て続けに発した安保政策を、はたして各国はどんなメッセージとして受け止めているか。米国、英国、オーストラリアは、集団的自衛権の行使容認へ政府解釈を変更しようとしていることに対して支持を表明したが、中国、韓国、北朝鮮は、靖国参拝問題とからめて、日本の軍国主義化の表れと激しく反発した。集団的自衛権の国会論議が進めば、非難の度をさらに強めるのは必至の雲行きだ。

 1月24日に召集された国会の施政方針演説で、安倍首相は「集団的自衛権や集団安全保障などについては、安保法制懇の報告を踏まえ、対応を検討する」と言明した。しかし政権内でも、公明党はひきつづき憲法解釈変更に反対の立場を崩さず、山口代表は、「自民党との協議には応じるが、国民理解を得る過程を考えると、(会期中という)短い期間での合意は難しい」と述べている(1月22日、共同通信インタビュー)。かねて「集団的自衛権の行使は現憲法でも可能」と主張していた中曽根康弘元首相も、1月4日放送のNTVの番組で、「簡単に手をかける問題ではなく、いまの情勢では必要が出てくるとは思わない」と、慎重な姿勢を見せた。

 国会論議が本格化するのは、安保法制懇の報告書が提出される4月は以降になる見通しだ。