政治

集団的自衛権の行使は、東アジアにおける日本の役割を充実させ、対外発言力を増強させる

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機雷除去のためペルシャ湾へ向けて横須賀基地を出港する掃海艇(1991年04月26日撮影)(毎日新聞社)

機雷除去のためペルシャ湾へ向けて横須賀基地を出港する掃海艇(1991年04月26日撮影)(毎日新聞社)

「安保タダ乗り」論の元凶となった憲法解釈

 日本の安全保障政策は、憲法上、個別的自衛権の行使しか認められていないと解釈してきたため、多くの制約を自らに強いている。このため、公海上で米艦船が敵側から攻撃を受けた場合、海上自衛隊の艦船が並走していても米艦船を守ることはできない。日本の上空を通過して米国を攻撃しようとする敵のミサイルを日本が撃ち落とすこともできない。朝鮮半島で武力紛争が生起した際に、半島で作戦を展開する米軍を自衛隊が支援するのも憲法違反である。湾岸地域で紛争が起き、ホルムズ海峡が機雷封鎖にあったとき、自衛隊が機雷除去に参加するのも、紛争が終結した後でなければ憲法違反となる(*1=脚注)。

 歴代の政府は、日本が憲法第9条の下で自衛権の発動として認められている武力行使は、(1)我が国に対する急迫不正の侵害があること、(2)これを排除するために他の適当な手段がないこと、そして(3)必要最小限度の実力行使に留まるべきこと、の3要件に限られているとしてきた。日本の武力行使を個別的自衛権に限定したことで、日米同盟の同盟相手である米国への軍事的支援も限られたものになっていた。安保条約上の日本の義務は片務的であるとか、安保タダ乗りであると言われてきたのは、このためである。

 日米安保条約が締結された1951年(発効は翌年)以来、日本は条約第6条で、国内に米軍基地をおくことに同意してきたが、すでに、これは集団的自衛権の行使であると言ってよい。じっさい、在日米軍はベトナム戦争や中東の戦争に関わってきたのであり、日本はそれを支えてきたことになるのだ。在日米軍は朝鮮半島の安定のために韓国を支援し、北朝鮮を牽制してきたが、日本は、この米軍に対して多額の駐留費と施設・区域を提供して支えてきた。政府は、これを集団的自衛権の行使だと言うのを拒否してきたにすぎないのである。

中国を牽制するには、集団的自衛権行使が必須

 憲法第9条の解釈変更ないし第9条の改正によって、日本が集団的自衛権を行使することが正式に合憲であるということになれば、自衛隊は東アジアにおいての役割を拡大することができる。もちろん現憲法下の自衛隊は、基本的には防御的姿勢を保たねばならないが、朝鮮半島で対北作戦を展開する米軍に海上から支援(補給物資の搬入、給油、兵員輸送、情報収集、傷痍兵の手当てなど)をすることができる。また海空軍力を著しく増強させ、強制外交を進める中国を米軍とともに牽制することもしやすくなる。こうして日米同盟をより対等なものにすることができるのである。

 同様に、他の友邦国との安全保障協力もいっそう強化することができる。これまで日本は南シナ海の領有権係争国に対し、対中牽制策のための巡視艇を提供してきたが、集団的自衛権の行使が合意されれば、日本は米国との連携による支援(無人機による情報収集など)を密にすることができる。東アジアから南シナ海、マラッカ海峡、そしてインド洋につらなるシーレーンは、日本の安全にとってきわめて重要なルートである(*2)。航行の自由を守るには、集団的自衛権を行使して友邦国との連携を強めることが肝要であり、こうした努力の積み重ねが、日本の地域的、国際的発言力を高めることにもなるのである。

【筆者が推薦する基本図書】

●佐瀬昌盛『集団的自衛権』(PHP新書、2010年)

●杉原高嶺他『現代国際法講義』(有斐閣、2012年)

●豊下樽彦『集団的自衛権とは何か』(岩波新書、2007年)

【編集部注】

*1 機雷除去

1991年、ペルシャ湾に海自の掃海部隊が派遣された際、内閣法制局は国会で「外国により武力攻撃の一環として敷設されている機雷を除去する行為は、外国に対する戦闘行動として武力に当たる」と答弁した。すなわち現状の憲法解釈では、機雷除去を行うのは戦争が終結し、残った機雷が単なる“海上の妨害物”になることが前提条件である。91年の掃海艇派遣が可能になったのも、湾岸戦争が終結したとみなされたからである。しかし2012年以降、イランによるホルムズ海峡封鎖が現実味を帯びると、世界屈指の技術を持つ海自による機雷除去は、日本の国際貢献をアピールできる活動だとして注目されるようになる。2013年10月、政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は、集団的自衛権行使の事例として、多国籍軍への参加や米軍の後方支援などと並び、「日本が輸入する原油の大部分が通過する海峡などで武力攻撃が発生し、機雷でシーレーンが封鎖された場合」を集団的自衛権行使の事例に含めた。

*2 シーレーン

第4次中東戦争とイラン革命をそれぞれ契機とする2度の石油ショックは、ペルシャ湾からホルムズ海峡、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海を経て日本に至る海上交通路=シーレーンの安定が、中東に原油の8割を依存する日本にとっていかに重要であるかを再認識させた。そこで鈴木善幸内閣は、81年に日本の周辺1000海里(グアム以西/フィリピン以北)のシーレーンは自力で防衛できるだけの戦力を持つという「シーレーン1000海里防衛構想」を発表、海自の装備・訓練はシーレーン防衛に重点が置かれるようになった。だがペルシャ湾、インド洋、マラッカ海峡など1000海里以遠のシーレーン防衛については、アメリカとの共同作戦が不可欠であるため、集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈に抵触する。