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解説

【基礎知識】成人年齢は何歳が妥当か?

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普通選挙法実現の祝賀大会が開かれた(1925年、東京・上野精養軒で)(毎日新聞社)

普通選挙法実現の祝賀大会が開かれた(1925年、東京・上野精養軒で)(毎日新聞社)

なぜ国民投票法ができたのか

 国民投票法(正式名称は「日本国憲法の改正手続に関する法律」)は、2007年、第一次安倍内閣のもとで成立、3年後の2010年に施行された。

 自民党には、1955年の結党(自由党と日本民主党の保守合同で自由民主党が誕生)以来、二つの目標があった。一つは戦争によって疲弊した経済を復興させること、もう一つが自主憲法の制定である。国民自らが参加する憲法をつくってはじめて真の独立がなし得るという考えである。しかし現実は、戦後という時代のなかにあって憲法改正はむしろタブー視されることになった。結果、優先されたのは経済だった。戦後日本のめざましい経済成長は、その意味で自民党の長期政権がもたらした成果といってよい。しかし、残されたもう一つの目標は実現していない。自主憲法の制定は、結党の精神であり、悲願なのである。安倍首相が憲法改正にこだわる理由もそこにある。

 しかし、第一次安倍内閣では、本丸にたどりつくことはできなかった。そのもっとも大きな理由が、現行憲法の改正要件の厳しさである。改正要件を定めた憲法96条には、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」をもって改憲を発議し、そののち国民投票において「過半数の賛成」を得てはじめて改正ができる、とある。逆にいえば、国会議員の3分の1以上が反対すれば、発議することさえできないのだ。実際、自民党が与党として長期政権を維持してきたこの半世紀余り、衆院で3分の2以上の議席を確保したことはない。それだけ改憲のハードルは高かった。

 そこで、憲法改正へ向けての足がかりとして安倍政権が成立させたのが国民投票法だった。そこには、まずは広く国民の間に憲法改正についての議論を喚起し、改憲へつなげたいという思いが込められている。

初の普通選挙で投票のために行列する人々(1928年、東京・芝桜川小学校で)(毎日新聞社)

初の普通選挙で投票のために行列する人々(1928年、東京・芝桜川小学校で)(毎日新聞社)

 ただ、2007年に成立した国民投票法は“不完全”なものだった。「三つの宿題」といわれるのがそれである。国民投票法は、投票権を有する者を「18歳以上」と定めている。しかし、国政に参加する権利である選挙権は「20歳以上」だ。憲法を改正するための国民投票の権利を選挙権のない者にも与えるというのは、いかにも整合性がとれない。そこで、(1)選挙権年齢の引き下げと、それに見合った民法上の成人年齢の引き下げ、さらに(2)公務員の政治的行為の規制緩和、(3)国民投票の対象の拡大、の三つを「法律が施行されるまでの間に検討し、必要な法制上の措置を講ずる」と、附則にうたったのである。年齢の引き下げについては、この措置が講じられるまでの間、暫定として「20歳以上とする」ことが明記された。

 本来なら、2010年に施行されるまでの間に、これらの「必要な法制上の措置」がなされるはずだった。ところが、2009年の総選挙で自民党が敗北。かわって政権の座についた民主党政権が憲法改正に否定的だったこともあって、「宿題」についての議論は提起されなかった。このため、ほとんどが手付かずのまま置き去りにされたというのが実情だった。

 自民党が主導し、7党(自民・公明・民主・維新・みんな・結い・生活の党)による共同提出となった今回の改正案では、改正法施行の4年後に投票年齢を「18歳以上」に引き下げることが盛り込まれた。いうなれば、それまでになんとしても「必要な法制上の措置」を講じるのだ、と国会自ら強い意志を示したことになる。

 選挙権年齢の引き下げについては、4月3日、衆院に議席のない新党改革を加えた8党間で、改正法の施行後2年以内の実現をめざして合同作業チームを設置して論議することで合意ができた。しかし、親の同意なしで結婚したり、クレジットカードを契約したりできる民法上の成人年齢をどうするかについては、論点が多岐にわたるため先送りされた。

世界の選挙権年齢が18歳のわけ

主要国の各種法定年齢

主要国の各種法定年齢

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 現行の選挙権年齢(20歳以上)は、1945年の衆議院議員選挙法改正によって、それまでの「25歳以上」から引き下げられたものだ。日本で衆議院議員選挙法ができたのは大日本帝国憲法の公布と同じ1889年(明治22年)。25歳以上で、かつ国税を15円以上納入した男子にのみ選挙権が与えられた。帝国憲法の起草にかかわった井上毅(こわし)外務卿や政府が招聘したドイツ人法学者ロエスレルの意見によるものといわれるが、当時ヨーロッパでは、一定以上の資産や納税能力のある者だけが選挙権をもつ制限選挙制から、より多くの国民が政治に参加する普通選挙制(ただし男子のみ)へと向かう転換期だった。

 この選挙法下で実施された1890年の第1回衆院選の有権者数は約45万人。総人口(3990万人)のわずか1.1%にすぎなかった。小学校教員の初任給が月10~15円の時代で、15円以上の国税を納められる男性はきわめて限られていた。その後、納税制限は10円(1900年)に、さらに3円(1919年)にと段階的に引き下げられ、1925年の法改正で完全撤廃された。「25歳以上の男子」による普通選挙が実現したのは、1928年の第16回衆院選からだった。とはいえ、この段階でも女性の選挙権は認められず、20歳以上の男女による完全普通選挙の実現は、1945年の法改正を待たなければならなかった。  諸外国では、表1のように選挙権年齢を「18歳以上」としている国が多く、G8では日本だけが例外である。

 議会制民主主義のお手本といわれるイギリスでは、1969年まで、コモンロー(イングランドの慣習法。英国に成文憲法典はない)により21歳とされていた成人年齢に合わせて、選挙権年齢も21歳だった。「21歳」の根拠は、騎兵による戦争が一般化した13世紀に、重い防具をつけて騎馬で戦える身体になる年齢を「成人」としたという慣習にあるとされる。ちなみに、イギリスの選挙権は下院議員選にのみ認められ、上院議員は貴族や聖職者からの任命制のため選挙はない。また、かつては資産を有すること、納税していることを選挙権の条件にしていた時代があったが、1918年の選挙法改正で、成年男子21歳、女子30歳以上のほかは制限のない普通選挙が実現。1928年には男女ともに21歳以上という完全普通選挙制に移行した。

 イギリスで選挙権年齢と成人年齢がともに18歳に引き下げられたのは1969年(国民代表法と家族法改正法の成立)のことである。長年続いた「21歳」の慣習を変えるにあたっては当然、議論があった。とりわけ抵抗が大きかったのは、成人年齢より選挙権年齢のほうだった。政治的責任がともなうからである。当事者である若者たち自身も、引き下げを歓迎していたわけではなかった。しかし、青少年の成熟が早まり、教育水準が高くなったのも事実で、最終的には、「責任を負うことのできる年齢の者に責任を負わせないのは、かえって彼らを無責任で反社会的な行動に駆り立てる」という考え方が優勢になり、引き下げが敢行された。

徴兵が選挙権年齢を変えた米国

 アメリカでは、連邦議会議員の選挙権は各州の州法規定に委ねられていて、イギリス同様、かつては成人年齢に合わせて選挙権年齢も21歳とする州がほとんどだった。しかし、1960年代にベトナム戦争が始まると、「徴兵は18歳からなのに、選挙権がないのは不当である」という声が上がり、1971年、憲法修正第26条が成立。連邦レベルから地方選挙まで、選挙権年齢は一律に18歳となった。

 フランスやドイツなどヨーロッパ諸国も、1970年代に選挙権年齢、成人年齢ともに18歳に引き下げている。直接の理由は国によって異なるが、共通するのは、若い世代に投票権を与えることで早くから社会的責任を負わせるほうが、国にとって有益であるという判断が働いている点だ。ちなみに、世界では、およそ190の国・地域のうち約9割が「18歳以上」に選挙権を与えている。

 選挙権年齢は何歳が適当か――いま日本で起きている論争も、かつて欧米であった論争と似ているが、日本に顕著なのは世代間の対立だ。憲法には「国民の義務」がうたわれている。「勤労の義務」「納税の義務」「教育を受けさせる義務」の三つだ。「どの義務も果たしていない親がかりの学生に、18歳になったからといって、憲法改正の国民投票権や選挙権を与えるのはいかがなものか」という年配者の声がある一方、「少子高齢社会になればなるほど高齢者の声は強くなっていき、政治に大きな影響を及ぼすようになる。将来世代にしわ寄せが行くような社会構造を変えるためにも、若い世代の意見を政治に反映させる必要がある」という世代間格差を問題にする意見がある。さらに、選挙権年齢の引き下げはポピュリズム(大衆迎合)政治を招くという批判もある。

成人年齢の引き下げに慎重な理由とは

「成人」関連法

「成人」関連法

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 表2は成人年齢に関係する主な法律を示したものだ。その総数は200本近い。  これらの法律の基準になっているのは、民法(1898年施行)第4条の「年齢二十歳をもって、成年とする」という規定である。20歳の根拠は、民法制定当時の租税や兵役の基準年齢(丁年)が、1876年(明治9年)の太政官布告41号で満20歳とされていたことに拠ったといわれる(それ以前、武士の社会では男子の元服の儀式をもって大人としていたが、年齢は15歳前後が一般的だった)。

 とりわけ問題となるのは、20歳の成人年齢を、民法を改正して18歳以上に引き下げた場合、それまで18歳ではできなかったことが自動的にできるようになってしまうものと、個々の法律を変えなければできるようにならないものもある点だ。たとえば馬券の購入は、競馬法の条文に「未成年者は、勝馬投票券を購入し、又は譲り受けてはならない」と記されているため、「成年」の定義が変われば、購入できる年齢も自動的に変わることになる。よく飲酒や喫煙も18歳で許されるようになると勘違いされるが、それは間違い。未成年者飲酒禁止法や未成年者喫煙禁止法のような法律は「20歳未満禁止」と年齢が具体的に定められていて、もし年齢を変えるなら、個別に法改正が必要になる。

 また民法の成人年齢が引き下げられると、これまで親の同意が必要だった20歳未満の契約行為が18歳で許されるようになり、自由にクレジットやローン契約が単独でできるようになる。そうなれば消費活動が活性化し、経済効果を生むと期待する声がある反面、社会経験の乏しさにつけ込まれて悪質業者に高額商品を買わされたり、マルチ商法の被害にあったりする若者が増えるのではないか、という危惧の声も上がっている。事実、日弁連は、マルチ被害が大学や専門学校内でまたたく間に広がった事実をあげ、高校内でも同じことが起きやすくなると指摘している。

 世界的には成人年齢を18歳としている国が多数派だが、高校進学率98.4%(2013年)の日本では、18歳はまだほとんどが高校生だ。大学進学率が53.2%(2013年)という実態を考えると、18~19歳の若者の圧倒的多数は学生か学生に準ずる身分だといってよい。

 内閣府が2013年10月に実施した世論調査の結果では、親の同意なしで高額商品が買えるようになる年齢を18歳に引き下げることに「賛成」が18.6%、「反対」が79.4%だった。圧倒的多数の国民が「18歳は保護対象」と考え、成人年齢の引き下げに抵抗を感じている様子がうかがえる。民法改正をともなう成人年齢の引き下げと、関連法の整備には、まだ相当な時間がかかりそうだ。

国民投票はポピュリズムを招くか

 では、国民投票法の附則に明記された宿題のうち、残りの二つは今回の改正案で前進したか。

 公務員の政治的行為の緩和については、裁判官・警察官などを除く公務員は憲法改正の賛否を表明できると改正案に盛り込まれたが、労組などの組織的な運動や地位を利用した公務員に対する罰則規定は、今後の議論に委ねられた。

 さらに、国民投票の対象を憲法改正以外に拡大するか否かについては、議論されることになっていたが、今回は問題にされず、先送りされた。ヨーロッパでは、EU加盟の是非をめぐって多くの国で国民投票が実施されたように、国家の存立に関わる重要課題について国民投票が活用されている。デンマークとスウェーデンは、ユーロ通貨の導入を国民投票で否決した。近年では、原発再開を否決したイタリア、移民規制導入に賛成したスイスの国民投票が、大きな話題を呼んだ。日本でも、福島第一原発の事故以後、原発継続の是非について国民投票を望む声が上がっている。

 しかし、国民投票の対象を広げすぎると、一方で国会を「国の唯一の立法機関」と定めている憲法との整合性が問われることにもなり、議論の着地点は見出しにくい。

 国民投票法では、有効投票総数の過半数の賛成で憲法改正が成立するとしているが、投票率が低ければ、それだけ少ない人数で成立することになる。対象が憲法以外のものにまで広がった場合、投票率の低下は避けられない。国民投票が議会制民主主義の補完になるか、障害になるかは、まさに運営しだいである。