日本の実力

学力はトップクラスだが、上昇志向は乏しい

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一度落ちた学力がまた向上した

2013年度の全国学力テストで小6国語Aの成績が最下位を記録した静岡県では、成績上位校の校長名の公表に踏み切った。取材に応じる川勝平太知事(2013年9月20日) (毎日新聞社)

2013年度の全国学力テストで小6国語Aの成績が最下位を記録した静岡県では、成績上位校の校長名の公表に踏み切った。取材に応じる川勝平太知事(2013年9月20日) (毎日新聞社)

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 2013年12月、経済協力開発機構 (OECD)は、2012年に世界65カ国・地域の15歳約51万人を対象として実施した「学習到達度調査」(PISA) の結果を公表した。日本は「数学的リテラシー」が7位、「科学的リテラシー」が4位、「読解力」が4位と、全3分野で前回を上回り、2000年に同調査が始まって以来、もっとも高い順位を得た。

 2014年4月には、学校のカリキュラムにない問題に関して、知識や技能を用いたりデータを読み取ったりしながら解決に取り組む「問題解決能力」(問題文をUSBメモリで配布し、学校でふだん使っているコンピューターで解答)も公表、ここでも日本は参加44カ国・地域中3位という高い成績を収めた。

 日本は過去、数学的リテラシーでは、初めて調査が行われた2000年に1位を獲得したものの、2003年に6位、2006年には10位と順位を下げた。科学的リテラシーも、2000年、2003年と2位だったが2006年には6位に。読解力は2000年から順に8位、14位、15位と、いずれの分野でも低落傾向が続いていた(問題解決能力は、2003年のみ筆記式で実施され、日本は4位だった)。とくに2003年の調査では、読解力がトップ10から転落しただけでなく、点数の下落幅が24点と、参加国・地域中最大だったことが教育関係者に衝撃を与えた。それまでの「ゆとり教育」からの大転換を促すことになったきっかけが、この「PISAショック」である。

PISAトップ10の推移

PISAトップ10の推移

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「ゆとり教育」に巻き起こる批判

 文部省(当時)が「ゆとり教育」を打ち出したのは、1977年に改訂され、1980年から実施された学習指導要領においてだった。背景には、当時、1971年に実施された「現代化カリキュラム」といわれる学習
指導要領が科学技術の発展に対応した高度な教育を目標にしていたために、これについていけない生徒が大量に出るという現状があった。過熱する受験戦争への批判もあった。そこで文部省は、学習
指導要領に盛り込む内容を一部削減、「ゆとりある充実した学校生活」へ舵を切ったのだった。そこには知育偏重主義に対する反省があった。

 さらに1989年改訂・1992年実施の学習指導要領では、子供の知識より意欲や関心を重視する「新しい学力観」が打ち出された。1992年からは段階的に学校週5日制が導入され、1996年には、中央教育審議会が、自ら課題を見つけて解決する力=「生きる力」を育む「ゆとり教育」を答申した。

 この「ゆとり教育」の総仕上げが、1998年改訂・2002年実施の学習指導要領である。「ゆとり」をもって「生きる力」の教育を目指すというスローガンのもと、学校週5日制に見合った学習内容の大幅削減、そして改革の目玉といわれた「総合的な学習の時間」が導入された。

 だが、学習内容の3割削減、授業時間の15%削減といった指導要領の内容が明らかになると、大きな批判にさらされることになる。台形の面積を求める公式が教科書から消える、円周率が3.14ではなく3に簡略化される――といった報道がなされ、折から「分数ができない大学生」が問題視されていたこともあって、保護者や教育関係者の間に、「さらに学力低下が加速するのではないか」という不安が募っていった。公立校と私立校の間で、授業時間やカリキュラムに格差が生じ、“自衛策”として、都市部を中心に子供に私立中学を受験させる親も増えた。家庭の経済格差が教育の機会均等を揺るがしかねないという事態が生じることになったのである。

「PISAショック」に加えて、2004年末には、国際教育到達度評価学会(IEA)による国際数学・理科教育調査(TIMSS)でも、小学4年の理科と中2の数学の得点が前回より低下したことが明らかになった。民間や文科省自身の国内調査でもすでに知られていた学力の低下傾向が、国際調査によって確認されたのである。

 これを受けて中山成彬文科相(当時)は、日本の子供の学力は「とても世界のトップレベルとはいえない」と発言、学習指導要領の見直しを中教審に諮問するにいたった。その結果、2008年の学習指導要領改訂で、学習内容や主要教科の授業時間を増やすとともに、総合的な学習の時間を大幅に削る文科省の方針が打ち出され、新学習指導要領は2011年度から本格実施されることになる。学校間・地域間の競争を過熱させるとして長らく中止していた全国学力テストも、2007年から43年ぶりに復活した。

学力向上は「脱ゆとり教育」のせいなのか

 そして2012年、「脱ゆとり」後の最初の調査となったPISAで、日本は過去最高の成績を上げたのである。これについて、下村博文文科相は記者会見で、「いわゆる『ゆとり教育』から脱却し、確かな学力を育成する取り組みが功を奏した」と胸を張った。しかし、2003年にランクを落とした調査対象の学年は、「ゆとり」のカリキュラムによる教育を1年しか受けていなかったし、好成績の2012年の調査対象となった学年は、「脱ゆとり」の教育を受けていない。それに、日本の順位は今回初めて回復したわけではなく、実際には2009年の段階で、すでに低落は止まっていたのである(別表参照)。

 そこにはそれなりの背景がある。文科省は、2003年のPISAショックを受けて、学習指導要領が改訂される前の2005年に、すでに「読解力向上プログラム」を打ち出していた。また、2007年から復活した全国学力テストで、応用力・記述式問題が弱点であることも改めて浮き彫りになった。近年、教育現場に表現力や情報活用力を重視した「PISA型授業」が浸透しつつあるのは、そうした事情がある。

 実際、人気の高い公立中高一貫校や首都圏の私立中では、詰め込んだ知識だけを使って解答させるのではなく、データを読み取って考察したり、自らの考えを論理立てて説明させたりする「PISA型入試」を導入する流れがある。これに合わせて学習塾でもPISA型授業を行うところが増えてきた。以上を考えると、2009年以降の成績の向上は、「脱ゆとり教育」のせいではなく、むしろPISAへの対策が進んだ結果だといったほうが適切だ。

 一方、各国でこうしたPISA対策が進むことに対して、「それぞれの地域の伝統や文化の多様性が損なわれる」として懸念する声もあがっている。2014年4月には、米国の大学教員と中学校長が発起人となり、テスト形式の再検討と順位付けの廃止を求める文書をネット上に公開、賛同者が相次いでいるという。

成績はよいが出世意欲がない

 2012年のPISAでは、重点調査対象の数学的応用力について、生徒の興味や目的意識などを問う意識調査も9年ぶりに行われた。たとえば数学の授業が楽しいか、といった「興味・関心」の度合いや、将来仕事に役立てたいか、といった「動機付け」の調査である。この調査では、日本の生徒は、すべての項目で平均を下回った。とくに「将来の仕事の可能性を広げてくれるから数学は学びがいがある」と回答した割合は、平均の77%を大きく下回る52%だった。

 2006〜07年にベネッセ教育研究開発センター(現・ベネッセ教育総合研究所)が、東京・ソウル・北京・ロンドン・ワシントンDC・ヘルシンキの公立校の10〜11歳(東京では小学5年生)を対象に、学習に関する意識や実態を調べた調査でも、「出世する」「金持ちになる」「社会で役に立つ人になる」ために勉強が役立つか、という設問に対し、「役に立つ」と答えた割合は、東京の小学生が全項目で最低だった。どの程度の学歴を得たいかという設問に対しても、北京の小学生の65.2%が「大学院まで」を希望したが、東京の小学生は「高校まで」との回答が相対的に多かった。

 同調査は、学校外での学習時間(塾・家庭教師の授業を含む)についても尋ねている。欧米3都市の62〜74分(平日の平均)に比べると、東アジア3都市はいずれも長く、ソウルが145.8分、北京は131.6分。東京は101.1分と、この中ではもっとも短く、「およそ30分」に満たない子の割合は、ソウル・北京の倍以上だった。

 学習意欲の低い子供の割合は、学年が上がるとともに増加する傾向にある。全国高等学校PTA連合会が、2009年秋に6000人以上の高校生を対象として行ったアンケート調査では、帰宅後に「まったく勉強しない」と答えた生徒が男女とも約半数に上り、勉強している生徒でも、1日の平均勉強時間は、男女とも2時間に満たなかった。

 日本青少年研究所が2009年に日米中韓の4カ国の高校生約6000人を対象として行った「高校生の勉強に関する調査」でも、「授業中に居眠りをする」と答えた生徒は、韓国32.3%、米国20.8%、中国4.7%に対し日本は45.1%に上る。

日本の教育法が欧米で評価されるわけ

 PISAの開始当初、教育先進国として注目を集めたのは、個性を重視する教育で知られた北欧諸国だった。とりわけ好成績を上げていたフィンランドには、「PISAショック」後、日本から多くの視察団が訪れた。しかし、その教育法は、日本の「ゆとり教育」に近いものだった。

 フィンランドでは7歳から16歳までを小中一貫の義務教育の対象とし(99%の学校が公立)、年間の授業時間数は日本を大きく下回っていたほか、学力テストによる順位づけもなかった。にもかかわらず
高い学力を維持できた背景には、授業についていけない生徒に対する個別指導を担当する教師を別に置き、生活指導や心のケアを専門スタッフに任せるなど、授業を担当する教師がその準備に専念できる環境があったとされる。

 ところが、そのフィンランドの順位も、2006年に1位だった科学的応用力が2009年は2位、2012年は5位と低下し、2位だった数学的応用力も、2009年は6位、2012年は12位と急落した。2003年に読解力で日本(14位)を16点上回って8位となったスウェーデンにいたっては、2009年には日本に逆転され、2012年には55点もの差をつけられた。

 スウェーデンは1990年代以降、地域と学校の裁量権を拡大するとともに、民間を参入させて学校選択制を積極的に導入した。しかし自治体によって予算や政策が異なるため、学力の地域間格差や学校間格差が急速に拡大、成績下位校の学力低下が止まらなくなっていった。

 フィンランドについては、学習意欲が低下していたこと、平等性を意識するあまり優秀な生徒を置き去りにしてきたことの弊害が顕在化したという意見のほか、スウェーデン同様、国家の関与が薄まったからだという主張もある。対照的に、2012年のPISAで上位を占めたアジア勢は、国立教育政策研究所によれば「国家が教育政策に積極的に関与しており、教科書やカリキュラムが充実している」(産経新聞2013年12月4日付)ことが背景にあるという。

 子供の学力低迷に悩む米国では、これまで各州に任されてきた学習基準づくりを、全米規模の共通学習基準(CCSS)に作り変えたが、モデルとなったのは日本とシンガポールであった。CCSSの数学分野をまとめたメンバーの一人、フィル・ダロー米ピアソン財団上級フェローは「米国の従来のカリキュラムは浅い上に整理されていない。答えを出すテクニックだけ追求し、本質を理解する点が欠けていた」と日本との違いを分析する(朝日新聞2014年1月7日付)。

 日本の学校教育で伝統的に重視されてきた、教師が授業を公開し授業後に検討会で話し合う「授業研究」を取り入れる動きも、世界各国で見られはじめた。東京学芸大の「国際算数数学授業研究プロジェクト」では、海外の教員向けに算数・数学の授業研究に関する研修を行っているが、事実、その研修に参加した教員の教えるシカゴ市の小学校では、学力が大幅に向上した。

 国際協力機構(JICA)も、アジア、中南米、アフリカの20を超える国々で教育支援のプロジェクトを実施している。カザフスタンで授業研究を指導した経験のある千々布敏弥・国立教育政策研究所総括研究官は、「日本は授業研究や指導要領などの『強み』を、研修プログラムとして輸出する道を考えるべき」と提案する(朝日新聞2014年1月7日付)。

海外で大受けする塾のノウハウ

 少子化が進行するなか、生き残りを考える教育産業は、海外へ目を向けている。とりわけ熱い視線が注がれているのが、経済成長が著しく、教育熱心なアジアの国々だ。日本で小学生向けの「科学実験教室」を展開する学研は、2009年からインドやタイの計約650の小学校に授業方法と教材を提供、ベトナムにも進出の予定という。大手の栄光ゼミナールは、2013年にハノイ校を開き、日本流のきめ細かい指導を売りにしている。

 いちはやく海外に進出し、成功を収めたのが「KUMON」(公文教育研究会)だ。いまでは海外の学習者数が日本を上回り、世界48カ国・地域で434万人が学ぶ。74年に米ニューヨーク州で日本人駐在員の子供を対象に教室を開設したのを皮切りに、88年、公文式算数を採用したアラバマ州の公立小学校が、全米学力テストで平均点を20点も上昇させたことから、全米にその名が知れ渡った。1977年
からはブラジルに進出、目下16万人が学んでいるが、英語学習者の3分の1以上、数学学習者の1割を社会人が占めるという。急成長にともなって所得格差が広がるブラジルでは、キャリアアップを狙う社会人が増えていることが背景にある。

 一方、アジアで急速に会員を増やしているのが「ベネッセコーポレーション」で、中国・台湾・韓国における会員数は約92万人。とくに中国における急成長が著しく、チベット自治区にも会員がいるという。子供に人気のキャラクター「しまじろう」(中国名は「巧虎」)を活用、日本と同様に児童劇コンサートやテレビ番組で知名度を高める戦略が奏功している。

親の所得格差が子供の学力に及ぶ?

 2014年4月、佐賀県武雄市は、埼玉県の学習塾「花まる学習会」と提携した官民一体型小学校を2015年度に開校すると発表した。また東京都足立区は、2012年度から区の予算で進学塾「早稲田アカデミー」に講師派遣を委託し、学力が高いが世帯年収の低い中学3年生を対象に無料で利用できる「足立はばたき塾」を開設している。かつては「必要悪」とみなされた塾だが、学校や自治体も学力向上の要望には抗しがたく、塾が蓄積してきた指導法や受験ノウハウを利用せざるを得ないというのが現実だ。

 ただ、子供を塾に通わせることができるのは比較的裕福な家庭であることも間違いなく、足立区のように自治体が費用を負担するケースはまだ少ない。文科省が2013年の全国学力テストの結果と、同時に実施した保護者アンケートの回答をもとに、家庭環境と子供の成績の関連性を調べたところ、親の年収や学歴が高いほど子供の学力が高い傾向があることがわかった。

 教育の経済格差は社会のあり方に大きな影響を及ぼすというのは、哲学者の芦田宏直・人間環境大副学長である。同氏によれば、国語、算数、理科、社会という主要教科の学習や、本を通じて身につけられる知力は、本人の努力が反映されやすい。むしろ「入試の点数だけで合否を決める点数評価こそが、格差の少ない民主的な社会を作ってきた」という。芦田氏は、ペーパーテスト偏重を改め「人物本位」の入試にしようという動きについて「面接で初対面の人に好感を与える能力は、本人の意思や努力よりも、家庭や地域など環境に左右される面が大きい。人物本位とは『育ちの良さ』を見ることの言い換えでしかない」と批判する(朝日新聞2013年11月12日付)。

 親の所得格差は看過できない水準に達している。ユニセフと国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が共同でまとめた報告書(2013年12月公表)によると、日本の子供の「幸福度」は、先進31カ国中6位。就学率やPISAの成績を評価する教育分野では1位だが、「物質的豊かさ」(貧困の度合い)を示す数値は31カ国の平均に届かず、順位も21位にとどまっている。

 日本が豊かでないという指摘は意外だが、経済的に困窮する家庭に学用品代などを補助する、自治体の「就学援助制度」を受けている小中学生の割合は、1995年の調査開始以来17年連続で上昇、2012年度には過去最高の15.64%に達した。

 就学援助を受けている子供の中には、学校給食でしか満足な食事がとれない子もいる。報告書の作成に関わった社人研の阿部彩・社会保障応用分析研究部部長は、こうした「貧困状態にある子供は、健康面に問題を抱え、学力も劣ってしまい、虐待に合う確率も高くなるといったふうに、構造的に不利な立場に追い込まれてしまいがち」であり、将来への希望や学習意欲を失うなど「やる気が剥奪されている」と語る(http://www.mammo.tv/interview/archives/no248.html)。親の経済格差を子の世代に持ち越さないようにするには、給食の無償化など、親の負担を軽減する制度の確立が急務なのはいうまでもない。