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解説

【基礎知識】日本がTPPに参加するのは何のため?

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TPP交渉21分野の進捗状況

TPP交渉21分野の進捗状況

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構想が生まれた背景とは

 環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Partnership=TPP)とは、アジア太平洋地域の国々の間で、貿易・投資の自由化、取引ルールの統一、各種経済制度の調和を図ることで相互の経済連携を促進しようとする経済連携協定(EPA)の一種である。協定づくりの交渉参加国は、米国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ペルー、そして日本の12カ国。交渉は2010年3月から21分野にわたっておこなわれ、このうち今日までに合意、もしくは合意に近づいているのは17分野。物品市場アクセス(関税撤廃)や知的財産権の分野は難航している(表参照)。

 交渉のベースにあるのは、2006年にニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4カ国が調印した環太平洋戦略的経済連携協定(P4)である。P4は、元々は1990年代末に米国とオーストラリア、
ニュージーランド、シンガポール、チリの5カ国で議論されていたFTA構想(P5)にルーツがあり、当時、停滞していたAPEC(環太平洋経済協力会議)の貿易・投資の自由化交渉を打開するための構想だっ
た。しかし、このときはオーストラリアが慎重姿勢を示したため、ニュージーランド、シンガポール、チリの3カ国だけで、2002年にP3交渉が開始され、2005年にはブルネイが加わり、最終的に2005年5月に
P4が発効した。

 P4には、20条6項にAPEC諸国の新規加入に門戸が開かれているという条文がある。アジア太平洋地域全域のFTAへの発展を期待するこの条項にもとづいて、2008年9月、ブッシュ米大統領は、P4へ
の参加を決定。11月にはオーストラリア、ペルー、ベトナムも参加を表明した。しかし、米国でオバマ政権が発足、通商政策の再検討がおこなわれたことから、実際にP4の原加盟国と米、オーストラリア、
ペルー、ベトナムを加えた8カ国によるTPP交渉が始まったのは、当初予定から1年ずれ込んだ2010年3月だった。この年10月にはマレーシアが9番目の交渉参加国に加わり、日本がカナダ、メキシコとと
もに交渉参加を表明したのは、2011年11月のAPECの場であった。

 当時の日本は、民主党政権下。ところが2012年12月、自民党が政権に復帰、政権交代にともなう諸政策の見直しがおこなわれた。安倍晋三首相があらためてTPP交渉への参加を表明したのは、2013年3月のことである。その前月、安倍首相がオバマ米大統領との首脳会談で、「聖域なき関税撤廃が前提ではない」と確認したことを受けてのTPP交渉参加表明だった。

TPPはブロック経済体制化を招くという見方

 TPP交渉では、P4の条文をベースにしながらも、実際には交渉加盟国からの提案にもとづいて条文の修正、追加が随時おこなわれてきた。それにともない、最初は自由化率100%をめざしてスタートしたTPPも、具体的な交渉が進むなかで、個々の国の事情に配慮した妥協が図られてきた。それにともない、当初はさかんだったTPP参加反対、あるいは賛成の議論も、しだいに勢いを失ってきたのが現実だ。

 反対論の一つに、TPPとは域内での商品・サービス貿易の自由化をめざすFTA(自由貿易協定)に、投資の自由化、労働移動の自由化、知的財産権の保護などを加えたEPA(経済連携協定)であって、
つまるところ、協定加盟国の域内と域外を壁で遮るブロック経済体制化を招く、という意見がある(伊東光晴「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ」世界2011年5、6月号)。先進国が植民地や従属地域を高
い関税で囲い込んで輸入を阻止し、外に向かっては自国通貨価値を切り下げて輸出を増やし、自国の権益を守ろうとするブッロク経済体制は、第2次大戦の原因の一つといわれてきた。その反省から、
戦後は米国を中心に西側諸国の間で自由貿易協定(GATT:1948年発効)を結び、自由貿易によって経済成長を図ることを理想に掲げてきた。

 だがGATTは、加盟国が増えるにともない、先進国と途上国との間に利害対立が表面化した。とくに先進国産の農産物の扱いや、各国の国内補助金制度や取引慣習が非関税障壁としてクローズアップされ、自由化議論は停滞していった。GATTは1995年に世界貿易機関(WTO)として発展的に解消したが、そのGATTも149の国・地域が参加したドーハ・ラウンド(円卓会議)で暗礁に乗り上げたまま、現在にいたっている。

「世界一律の自由化」を掲げたGATTの理想が色褪せていくなかで台頭したのが、二国間あるいは特定の数カ国間で個別交渉を積み上げて自由貿易を実現しようとするFTAやEPAの動きだった。なぜGATTの発展形であるWTOの場を活用しないのか。TPPの行き着く先は、第二次大戦をもたらしたブロック経済体制だ、というのが前述の伊東光晴・京都大学名誉教授の指摘である。

 このほか、日本のTPP参加に反対する代表的な意見には、「農業への大きなダメージ」「医療制度の崩壊」「ISDS条項(投資相手国の規制が原因で損害をこうむった場合、その国の政府に損害賠償を求めることができる)による自国民の安全、健康、福祉、環境を自分たちの国の基準で決められないようにする治外法権規定」「交渉内容の秘密性」などがある。

「将来、中国の参加を想定したルールづくり」という狙い

 では推進論はどうか。安倍政権は2013年3月、TPPによる関税撤廃がもたらす経済効果についての政府統一見解として、輸出+消費+投資の伸びが、輸入減+農林水産物生産額の減少を上回り、実質GDPは0.66%増、金額にして3.2兆円増になる、という試算を発表した。TPP推進論は、まずTPPにより市場が拡大し、貿易が促進されてGDPも増えるという経済効果を第一に挙げるものが多い。

 そうした推進論と一味違うのが、TPPが国際貿易紛争の処理機関の役割を果たすというものだ。かつて日本・メキシコEPA交渉で首席交渉官を務めたで慶応大学の渡邊頼純教授は、著書『TPP参加という決断』(ウェッジ刊)のなかで、ロシアによる天然ガスの禁輸や中国のレアメタルの輸出制限など、かつては先進国の常套手段だったアンチ・ダンピング措置も、昨今ではBrics諸国によるものが急増し
ているとして、次のように述べている。

〈このような新たな展開にWTOは残念ながら紛争処理以外に有効な手立てを持っていない。(中略)そこでTPPに対する期待が高まる。TPPは、貿易・投資の幅広い分野で交渉を行い、合意をまとめていく多国間プロセスである。(中略)WTOが今できないことを交渉し、新たなルールメーキングを行い、それを将来WTOに持ち帰ることも可能である。その意味で、TPPはWTOの代替ではなく、WTOへ繋がるステップと考えることが出来る〉

 しかし、中国もロシアも加盟していないTPPにそれだけの役割を期待するのは無理がある。そうなると、将来は中国、ロシア、インドにも加盟してもらうという長期戦略が必要になるが、キヤノングローバ
ル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹は、こう述べている。

〈私は(TPPの)最大の目的は対中国政策にあると考えています。軍事、経済において台頭著しい中国を、いかに世界のルールに従うようにさせるか。それがTPPの存在意義でしょう。(中略)2001年には
WTOに中国を加盟させた。しかし、中国は自らの経済システムを変えようとせず、それどころか、途上国の特権を主張するばかりで全く責任を果たそうとしなかった。その結果、参加国のコンセンサスが得
られなくなり、WTOは機能停止してしまったのです。そこで、次に、アメリカはTPPという新たな枠組みを使って、中国に対して改革を促そうとしているのです〉(「文藝春秋」2014年5月号)。

 宮家氏によれば、米国が社会主義色の強いベトナムをTPPに加盟させたのは、将来、中国が参加するとき、国有企業の開放や規制緩和めぐるルールづくりの練習台になるからだという。一般的には「TPPは米国の中国包囲網づくりの一環」という見方が根強くあるなか、宮家氏の中国抱き込み論はユニークな指摘といえる。

日米合意は11月の中間選挙までは無理か?

 安倍政権は、TPP交渉の大筋合意の時期を2014年7月としてきた。しかし、日本が聖域として関税維持を主張してきたコメ、麦、牛・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味作物など5項目586品について、米
国は関税撤廃を主張して止まず、逆に日本からの自動車の輸入については、米国は関税を死守する構えだ。豚肉、小麦、乳製品などを生産する米農業団体からは「あくまで日本が関税撤廃を拒むのなら、TPPから日本を除外せよ」という厳しい声も出ているという。これに対して日本は、農産品についての関税はなるべく維持したうえで、輸入量が一定量を超えたときに関税を引き上げるセーフガードを発動しやすくするよう求めており、両国の溝は埋まりそうにない。

 米国は今年(2014年)11月に中間選挙を控えている。シリア問題やウクライナ問題で手一杯のオバマ民主党政権は、TPPで安易に妥協すれば、国内的に支持急降下につながりかねない。7月の日米合意は困難というのが、目下のところの大勢だ。