社会

暴力で他人を支配しようとする心理はどこから来るのか

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福岡県筑後市の殺人・死体遺棄事件で、容疑者が経営していたリサイクルショップを調べる捜査員ら(2014年4月12日、和田大典撮影) (毎日新聞社)

福岡県筑後市の殺人・死体遺棄事件で、容疑者が経営していたリサイクルショップを調べる捜査員ら(2014年4月12日、和田大典撮影) (毎日新聞社)

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「被虐待児が長じて加害者になることがあるのはなぜ?

 福岡県筑後市のリサイクル店を舞台にした殺人・死体遺棄事件(*1=編集部注)が不気味な広がりをみせている。尼崎連続変死事件(*2)のときもそうだったが、こういう事件が起こるたびに、「人間は人間にとって狼である」という古代ローマの詩人の言葉を思い出す。

 なぜ、人は暴力によって他人を支配しようとするのか。そして、被害者がそこから逃げられなくなるのは一体なぜなのか。

 暴力で他人を支配しようとするのは、もちろん攻撃衝動が強いからである。それが生まれつきの素質によるのか、生育歴によるのかは精神科医や心理学者の間でも意見が分かれるが、いずれにせよ、世の中には攻撃衝動がとくに強い人間が存在するという厳然たる事実は否定しがたい。

 攻撃衝動の強い人間が他人を暴力で支配するようになる過程で見逃せないのが、「攻撃者との同一化」である。これは、自分が傷つけられたり支配されたりして感じた不安や恐怖を、自分が受けたのと同じ仕打ちをより弱い対象に加えることによって克服しようとするメカニズムであり、フロイトの娘アンナ・フロイトが見出した。

 虐待を受けた子供が大人になってから虐待やDVの加害者になるのはよくあることだが、これは、自分に暴力を振るった攻撃者を模倣することによって、恐怖を与えられる者から恐怖を与える者に変貌しようとしているのである。

 そうすることによってしか無力感や絶望感を克服できないほど深刻な外傷体感だったからであり、いじめられっ子が、より弱い者をいじめて、いじめっ子になっていくのも同じ理由による。つまり、恐怖こそが暴力による支配の原動力になるわけである。

「逃げても無駄」の気持ちは何から生まれるか

 被害者が暴力による支配から逃げられなくなるのも恐怖のせいである。尼崎連続変死事件では、遺体で見つかった被害者が、逃げ出しても、すぐに連れ戻されていた実態が明らかになっている。逃走を図った者に容赦ない制裁を加えることによって、逃亡者自身だけでなく他の同居人にも、「逃げても無駄」という無力感と絶望感、そして何よりも強い恐怖を植え付けたはずである。このように恐怖で周囲を支配したからこそ、主犯格の女性は「君主」として君臨することができたのだろう。

「恐怖でつながれている場合は、復讐が怖ろしく、(絆を)容易には断ち切れない」と『君主論』の著者マキャベリが述べているように、被害者は復讐への恐怖によって身動きがとれなくなる。

 復讐への恐怖は、身体への暴力だけでなく、言葉の暴力によってもかき立てられる。「この先どこに行っても生きてゆけないようにしてやる」とか「いろんな知り合いがいるので、おまえを潰すのなんか簡単」という脅し文句を聞くと、「蛇に睨まれた蛙」になってしまうだろう。

 だが、暴力で他人を支配しようとする攻撃者も恐怖を抱いていることを忘れてはならない。逃げられたら困るからこそ、脅すのである。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざもあるように、怖ろしいと怯(おび)えていたものでも、その正体を知ると大したことはなかったということが少なくない。

 判断を鈍らせる元凶である恐怖の呪縛から解き放たれるためにも、まず攻撃者をじっくり観察して、その正体を見破ることが必要なのではないだろうか。

【筆者が推薦する基本図書】

●ジークムント・フロイト/中山元訳『幻想の未来/文化への不満』(光文社古典新訳文庫,2013年)

●アンナ・フロイト/外林大作訳『自我と防衛』(誠信書房、1985年)

●片田珠美『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書、2013年)

【編集部注】

*1 筑後市リサイクル店殺人・死体遺棄事件

2014年6月、福岡県筑後市でリサイクル店を経営していた中尾伸也(47)・知佐(45)夫婦が、元従業員を殺害した容疑で逮捕・起訴された事件。すでに元従業員3人の骨の一部が見つかっており、そのうちの一人は主犯とみられる知佐被告の妹の夫で、行方不明になっているその長男も殺されたと見られている。店主夫婦は彼らを暴力で服従させ、互いに殴らせることもあった。夫に対する傷害致死で逮捕された知佐被告の妹は、「姉夫婦に洗脳されていった」として、夫に暴力を振るったことを認めている。店は多重債務者らが送り込まれる場所だったという説もある。

*2 尼崎連続変死事件

2011年11月、兵庫県尼崎市で貸し倉庫のドラム缶からコンクリート詰めされた大江和子さんの遺体が発見されたのをきっかけにして明るみに出た、角田美代子元被告(63)を中心とする大規模な殺人・死体遺棄事件。兵庫・香川・沖縄の各県警からなる合同捜査本部が設けられ、延べ8万人の捜査員が投じられた。犠牲者8人の事件が立件され、そのうち6件について、角田元被告の親族や被害者の親族など10人が殺人や傷害致死罪で起訴された(2件については時効などで不起訴)が、2012年12月、角田元被告が拘置所内で自殺したことによって事件の完全な解明は難しくなった。2014年3月、合同捜査本部は捜査が終了したとして解散した。