社会

自主避難のすすめ――指示を待っていると逃げ遅れることがある

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大雨による土砂崩れで、土石流に押し流された広島市安佐南区の住宅地。一帯で74人もの犠牲者を出した一因は避難勧告の遅れ(2014年8月20日=望月亮一撮影) (毎日新聞社)

大雨による土砂崩れで、土石流に押し流された広島市安佐南区の住宅地。一帯で74人もの犠牲者を出した一因は避難勧告の遅れ(2014年8月20日=望月亮一撮影) (毎日新聞社)

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正常性バイアスと同調性バイアスによる行動とは

 2011年3月の東日本大震災の死者・行方不明者2万人のうち、9割超は津波による犠牲者であった。彼らは、震度6強、あるいは震度6弱の激しい揺れに驚愕したはずである。しかも、たびたびの津波で大きな被害を受けてきた地域の人々である。かつての明治三陸津波、昭和三陸津波、1960年のチリ津波などは、この地域で多くの人命を奪い、村落を破壊している。津波に対する恐怖は、災害文化として住民の間に定着していたはずではなかったのか。

 M9.0の地震発生からカタストロフィックな巨大津波の来襲まで、早いところで30分、遅いところでは1時間余りの余裕があった。この間の人々の行動が悲劇を誘発してしまったのだ。多くの人々は、強烈な地震が去ったあとのホッとした気持ちから、家の中の後片付けや、近隣の人々や友人・仲間とのおしゃべりに貴重な時間を費してしまった。本来は「一難去ってまた一難」を警戒すべきときに、安心したという気持ちを優先させてしまったのである。心的な安定を保持するために、異常や危険に対する感度を下げてしまっていた。このような心理メカニズムを「正常性バイアス」という。この正常性バイアスが、避難行動を阻害してしまった。

 我々は社会的動物だ。他の人と同じように行動するという特性がある。これを同調行動という。したがって、多くの人が逃げないと、自分も逃げ遅れてしまうことが起きる。このような錯誤をもたらす要因を「同調性バイアス」という。2003年2月18日の韓国テグ市での地下鉄火災(*1=編集部注)では、200人の死者のうち、その3分の2近くに同調性バイアスゆえの逃げ遅れが生じたと推定される。当時の車輌内での人々の様子をとらえた写真を見ると、煙が充満する中で、人々は平静さを保っていた。中には携帯メールを打ち続ける人もいたのである。

住民の避難を阻止する「パニックの懸念」

 福島第一原発からの放射性物質の拡散状況を示すSPEEDⅠデータがあり、これを利用すれば放射線の被曝が軽減できたにもかかわらず、国はこれを秘匿し、適時に公開しなかった。その理由を、当時の首相補佐官は、「パニックが起きることを懸念した」と自己弁護したのだ。この首相補佐官は、パニック神話の信奉者であった。そのために、重大リスク情報を受け取ると、人々は大混乱に陥ると誤解したのである。だが、このようなときにパニックは起こらないし、かりに福島の避難指示区域でパニックが起ったとしても、それは住民避難を促進する要因として働いたはずだ。

 国は、原発事故時に半径5キロ圏内をPAZ(Precautionary Action Zone:予防的防護措置準備区域)、半径30キロ圏内をUPZ(Urgent Protective action planning Zone:緊急時防護措置準備区域)として、事故に対する段階的対応を検討している。だが、原発事故時の住民避難計画を作る作業は、実際には、原発事故対策に不慣れな、原発立地県に委ねられている(*2)。

 原発大事故に備えて各県が策定している避難計画によれば、原発事故が起こったときの混乱を避けるため、まず5キロ圏のPAZに避難指示を発表し、そこの9割の人々が避難したあとで、30キロ圏のUPZに避難指示を出すことにしている。原発事故でも、9割の人々が避難を完了するまでには、相当な時間がかかる。それまで放射線被曝の危険がある人々に避難させないというのも荒唐無稽な話だ。これもパニック神話に毒された結果である。

遅れる避難指示・勧告――臆病な地方自治体

 昨年10月の台風26号は、伊豆大島で36人の死亡・行方不明者をもたらした。気象庁は土砂災害警報を出したが、大島町は豪雨が降り続いていたにもかかわらず「夜間に避難させて二次災害にあうと困る」という理由で避難勧告を出さなかった。

 今年の8月20日、広島市を襲った豪雨による土砂災害は、死者・行方不明者74人をもたらしたが、市は大島町と同じ理由で、避難勧告の発表を遅らせた。後になって、広島市の松井市長は「避難勧告が出ていれば、どこか安全なところに行けたかもしれない」と述べたが、手遅れだ。

 様子見をして待機させたい自治体と、指示待ちで指示が出ても動こうとしない人々との出合いから大悲劇が生まれる。

避難の経済学――費用対効果からも自主的避難のほうが有利

 想定外の災害が多発する昨今である。災害への感度を研ぎ澄ますとともに、少しでも身の危険を感じたらすばやく回避の行動をとることが重要である。「三十六計逃げるにしかず」(*3)は、現代においても真であることに変わりはない。確かに夜間に避難すれば、思わぬ落とし穴に陥って被害を受けないともかぎらない。しかし、いかなる場合にも、避難に多少のリスクはつきものである。今年4月の韓国セウォル号の沈没によって犠牲になった高校生たちのように、正常性バイアスの影響と、「現代の位置から絶対に動かないようにして下さい」という船内放送に、仲間と共に従順に従った同調性バイアスのため、救命胴衣をつけたまま甲板に出て、思い切って海へ飛び込むというリスキーな避難行動がとれなかったのである。結果は絶望的であった。

 かりにそれが空振りに終わったとしても、保険料を払ったのだと考えれば避難のコストは十分にペイする。逃げる、という行為は最良の自己投資である。もちろん、投資にはリスクはつきものだ。避難のリスクは他の選択をしたときのリスクの大きさに比べれば、許容可能な範囲内にある。

【筆者が推薦する基本図書】

●広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるのか――災害の心理学』(集英社新書、2004年)

●広瀬弘忠『きちんと逃げる。――災害心理学に学ぶ危機との闘い方』(アスペクト、2011年)

●アマンダ・リプリー/岡真知子訳『生き残る判断 生き残れない行動――大災害・テロの生存者たちの証言で判明』(光文社、2009年)

【編集部注】

*1 韓国テグ市の地下鉄火災

2003年2月18日午前9時53分韓国テグ市の地下鉄「中央路」駅に上りの1079号電車が到着。扉があくと一人の乗客が、容器に入った引火性の液体に点火し床に投げつけて、逃げ出した。すぐ周囲の乗客に取り押さえられたが、火はまたたく間に全車両に広がり、電車はその場で燃え続けている。9時56分、反対側のホームに下りの1080号電車が入線。このとき駅構内には黒煙が充満していたが、駅に着いた電車の乗務員は「小さな事故なので、少しの間お待ちください」とアナウンス。しかし、燃えている車両と並んだ電車に火は燃え移った。さらに悪いことに、構内の電源が遮断されホームは真っ暗になる。そして、1080号電車にも煙が侵入してきた。ところが、乗客は、アナウンスを信じて、じっと辛抱強く静かに次の指示を待っていたのである。こうして、死者198人以上もの犠牲者が出たが、多くの死者は1080号車の乗客であった。地下鉄の車両内で亡くなった人が142人もいる。

*2 自治体の避難計画

再稼動第1号となる九州電力川内原発の場合、PAZの人口は約5000人だが、UPZだと21万人。行政にしてみれば、道路の渋滞を避ける方法がないため、UPZ住民には積極的に自主避難してほしくないのが本音だ。自治体にとって、とりわけ問題なのは、受け入れ施設の必要な要援護者(入院患者や社会福祉施設の入居者など)の避難計画。鹿児島県は、「10キロ圏内は計画をつくるが、30キロ圏内までは現実的でない」としている。30キロまで広げると、対象が多すぎて、受け入れ施設の工面がつかなくなるからだ。

*3 三十六計逃げるにしかず

中国の六朝時代、斉の将軍王敬則が恐怖政治をしいた朝廷に対して反乱の兵をあげた際、あわてふためいた皇太子が、遠くに火の手があがったのを見ただけで逃げる支度を始めた。それを伝え聞いた王敬則は、「檀候三十六策、走(に)ぐるをこれ上計とす。汝が父子ただまさに急ぎ走ぐべきのみ」(むかし、宋の将軍檀道済は逃げるのを最善の策とした。お前たち父子ができるのはただ急いで逃げることだけだ)と笑った、という故事が語源。「三十六計」は軍略の数成立年代不詳の中国の兵法書で、その36番目が「走為上」(走ぐるを上となす)だが、「檀候三十六策」がそれと同じものかどうかは不明。