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【基礎知識】歴史認識の食い違いの底流

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米カリフォルニア州グレンデール市内の公園にある従軍慰安婦を象徴する少女像の前で記念撮影する「慰安婦像設置に抗議する全国地方議員の会」メンバー(2014年1月、堀山明子撮影)(毎日新聞社)

米カリフォルニア州グレンデール市内の公園にある従軍慰安婦を象徴する少女像の前で記念撮影する「慰安婦像設置に抗議する全国地方議員の会」メンバー(2014年1月、堀山明子撮影)(毎日新聞社)

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「河野談話」を検証しながらも「継承」

 2012年12月の第二次安倍政権の発足以来、日本と韓国、中国の間では一度も首脳会談が開かれていない。集団的自衛権の政府解釈を変更し、靖国神社に参拝した安倍晋三首相の政治姿勢と歴史認識に、中韓首脳が強い不信感を抱いたからである。

 韓国が懸念する「慰安婦問題」では、安倍首相は首相に復帰した当初から、旧日本軍が従軍慰安婦を強制連行した事実はないとして、旧日本軍の関与を認めた「河野談話」の見直しに言及していた。しかし見直しについては、歴代政権が「談話」を継承してきたこともあって、国内外で強い反発が起き、結局、「談話」の作成過程を検証することで落ち着き、主旨については「継承する」とするにいたった。こうして2014年6月、「談話」の検証結果がとりまとめられたが、その中で、「談話」の文言が日韓両政府間で調整されたこと、「談話」の根拠となった元慰安婦の証言の裏付けをとらなかったこと、などが明らかになった。

 一方、朝日新聞も過去、旧日本軍が朝鮮人女性を慰安婦として強制連行したと告発してきたが、その根拠としていた吉田清冶証言が虚偽であったことを認め、8月5日、いくつかの記事を自ら取り消した。これに関連して、安倍首相は、10月3日の衆院予算委員会で、「(朝日新聞の誤報によって)国ぐるみで女性を性奴隷にしたという言われなき中傷が世界で行われている」と述べた。事実、吉田証言は国連人権委員会クマラスワミ特別報告書(1996年)にも採用され、“客観的事実”として世界的に喧伝されてきた経緯がある。これらを念頭に、安倍首相は、今後は政府として正当な評価を受けるよう戦略的な対外発信を強化する考えを表明した。しかし、この「言われなき中傷」という答弁は、さらに韓国メディアの猛反発を呼ぶことになった。

歴史認識問題で連携の進む中韓

 そんななか、中国と韓国は、安倍政権の歴史認識を共通項に、急速に連携を強め始めた。韓国の朴槿恵大統領は、2013年6月、北京で習近平国家主席と会談した際、中国東北部のハルビン駅で日本の伊藤博文元首相(初代韓国統監)を暗殺し、韓国で抗日の英雄とされる安重根(アン・ジュングン)の記念碑建立を要請した。中国はこれを受け入れ、2014年1月、同駅構内に「安重根記念館」をオープンさせた。

 7月3日には、韓国を訪問した習主席が朴大統領と会談し、「来年は抗日戦争勝利と光復(解放)節70周年なので、中韓で抗日記念式典を開こう」と提案。翌日の昼食会では、安倍政権が取り組んだ「河野談話の作成過程の検証」に言及、両首脳は「談話を検証するといいながら実際には毀損しようとしている」との考えで一致、慰安婦問題で関連資料提供など共同研究を推進することを確認した。

 習主席は、9月3日、北京の人民大会堂で開かれた「抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利69周年記念日」の座談会で、「我々は抗日戦争勝利の成果と戦後の国際秩序を断じて守り、歴史の否定や歪曲、軍国主義の再来、悲劇の再現を決して許さない」と発言した。

 中国は2015年、ロシアと共同で対日戦勝70周年の祝賀行事を開くことに合意している。安倍首相に「戦後秩序への挑戦者」というレッテルを貼ることで、中国、ロシア、韓国そして第二次大戦中は同盟国だった米国も加えた“対日包囲網”をつくろうという狙いがある。

 実際、米国内では、すでに1990年代から韓国系の団体(慰安婦連合)と中国系の団体(抗日連合会)が連携して、草の根レベルで「日本に戦争犯罪を謝罪させ、公的な賠償をさせる」活動が進められてきた。2007年には、連邦議会下院で「旧日本軍が組織的に20万人もの女性を強制連行して“性的奴隷”にした」と断じ、日本政府に謝罪を求める「決議121号」が可決された。その後、米国各地に慰安婦の碑や少女ブロンズ像が設置され始めたのは、米国内における韓国の市民活動が実を結んだものといってよい。日本は、この「歴史戦」で、とりわけ米国内で苦戦を強いられているのが実情だ。

なぜ、日本と中国は歴史問題ですれ違うのか

 日本と、中韓の間で歴史問題による溝が生まれた背景の一つに、第二次大戦直後の戦後秩序の形成に対する認識のギャップがある。

 日本がポツダム宣言を受諾し、昭和天皇が玉音放送で国民に戦争敗北を告げたのは1945年8月15日、無条件降伏文書に調印したのは9月2日だったが、連合国の米英ソ中4カ国は、その2年前から戦後の国際平和を主導する国際機構について会談を重ねていた。そして合意されたのがカイロ宣言(米英中)とテヘラン宣言(米英ソ)で、いい換えれば、戦後は、これらの4カ国(米英ソ中)が「世界の警察官」として世界平和を担っていくということになったのである。

 1944年8~10月には、米国ワシントンD.C.のジョージタウンで米英ソ中の代表が協議し、「国連憲章」の原案となる「一般的国際機構設立に関する提案」を作成した。国連加盟国全員が参加する総会と、大国中心の安全保障理事会の二本柱で運営する新しい国際機構(=国連)の骨格の決定である。さらに1945年2月のヤルタ会談(米英ソ)では、新しく創設する国連の安保理事会は、米英中ソにフランスを加えた5大国が拒否権を持つという「5大国一致の原則」が合意された。そして1945年4~6月、サンフランシスコにおいて、日本とドイツに宣戦布告した連合国50カ国の代表によって国連設立のための会議が開かれ、国連憲章が採択された(発効は同年10月24日)。この憲章には、ポーランドを加えた51カ国が署名。その第53条には、いわゆる敵国条項(日本やドイツなど第二次大戦中に連合国の敵国だった国が、戦後に確定した事項に反したり、ふたたび侵略行為を行った場合、国連加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可なく軍事制裁を行っても容認されるという規定)が明記された。

 連合国が終戦の2年前から戦後秩序の構築を話し合い、その中心的役割を米英ソ3国と中国(中華民国)が担ったという事実は、戦後の日本ではあまり意識されることがなかった。しかしその後、中華民国政府(台湾)は1971年に国連代表権を失い、中華人民共和国(北京政府=共産党政権)に取って代わるが、同時に拒否権をもつ安保理常任理事国の座も新生中国に受け継がれた。「歴史は勝者の歴史である」といわれるが、かつて第二次大戦の戦勝4大国の一つとして世界を主導したという記憶と誇りは、「正統性」の裏づけとしていまも中国共産党の指導層の意識の中に埋め込まれているのである(ちなみに中国では国連=United Nationsを、第二次大戦当時と同じ、「連合国」と呼んでいる)。

いまも「戦勝国」の一員という意識の中国

 さらに日本では、中国が戦勝国で日本が敗戦国であるという国際認識が存在するということについての意識も希薄だ。中国が共産党政権(現実は市場原理を指向する政権)であるがゆえに、ともすると米中の対立局面に目を奪われてしまうからである。しかし、第二次大戦中は、米中は同盟国であった。

 1972年の日中国交回復の際、日中共同声明における9つの確認事項で、両国は台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを表明するが、ここにはさらに「日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との文言が記されていた。

 ポツダム宣言第8項とは、国民党政府の総統・蒋介石が米英首脳と協議して、日本の主権の範囲を本州、四国、北海道、九州に限定し、それ以外は「吾等(連合国)ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」という、カイロ宣言を尊重する旨を謳った項目だ。中国のメディアが尖閣諸島の領有権問題を論じるときによく持ち出す法的根拠である。そこには、昔もいまも、中国は世界を動かす列強の一つであり、日本の周辺領土の決定権は「われら戦勝国にある」という意識が働いているといってよい。

 改革開放路線の主導者だった鄧小平副首相は、1987年、「率直にいうと、日本は世界のどの国よりも中国に対する借りが一番多い国である。国交回復のとき、われわれは戦争の賠償の要求を出さなかった。両国の長い利益を考えて、このような政策決定を行った。東洋人の観点からいうと条理を重んじているので、日本は中国の発展を助けるためにもっと多くの貢献をすべきだと思う。この点に不満を持っている」と述べたという(小島朋之『中国現代史』中公新書より)。

 日本では、日中国交回復以後、「中国には多大な技術援助や巨額の無償資金を供与したのに感謝されない」という不満が聞かれた。だが、その背景には、両国の間の大きな歴史認識のギャップがある。上海に独立政府を置き、抗日独立運動を展開したにもかかわらず、戦勝国としてサンフランシスコ講和会議に呼ばれなかった韓国の民族的な屈辱感についても同様のことがいえる。

 ちなみに、日本との間に領土問題が起きているロシア、韓国、中国は、いずれもサンフランシスコ講和条約に署名せず、その後、日ソ共同宣言(ソ連=ロシア)、日韓条約(韓国)、日中共同声明(中国)といった二国間の条約・声明で国交を回復した国である。

国際社会は日本をどう見ているのか

 2014年6月、フランスでは第二次大戦のヨーロッパ戦線の趨勢を決定づけた連合軍によるノルマンディー上陸作戦70周年記念式典が開かれた。式典にはウクライナをめぐる紛争中にもかかわらず、オバマ米大統領やロシアのプーチン大統領、ドイツのメルケル首相、ウクライナのポロシェンコ大統領ら18カ国の首脳が駆けつけ、急きょ東西首脳会談の場となった。

 これに刺激されてか、中国も9月の国連総会で、来年の総会を抗日勝利・反ファシズム勝利70周年記念総会とし、記念行事を行うよう要請した。

 ひるがえって、いま日本では、ナショナリズムを発揚する言論が勢いを増している。しかし、そうしたベクトルが、もし戦後の国際秩序を形成する価値観や歴史認識に“挑戦”していると誤解されるとすれば、それは中国のみならずかつての連合国、米国やロシアからも反発を受け、国際的な孤立を招く可能性は高い。

 安倍首相は、9月の国連総会で、「日本は国連改革でリーリーダーシップを発揮し、安保理常任理事国となり、ふさわしい役割を担ってゆきたい」と述べた。実際、日本はアメリカに次いで多額の国連分担金を負担し続けている。しかし国連憲章には、いまも日本やドイツを対象とした敵国条項が存在する。現実の壁は、厚く、高いのである。

 元外務省条約局長で京都産業大学教授の東郷和彦氏(関連記事参照)は、歴史問題を取り上げて意図的に日本の孤立化を図ろうとする中国や韓国の外交攻勢に対抗するには、必要な反論はきちんとすべきだとしながらも、〈広報外交が成功するには、国際社会の認識、価値観を熟知し、これに対し説得力があり、共感を得るものでなければならない。国際論戦では、自分の強みを訴え、相手の弱みを突き、複雑な問題には触れないことがポイントだ〉という(毎日新聞2014年3月14日付)。

 具体的には、「中国との尖閣問題には抑制的に対処し、韓国とは『河野談話』とアジア女性基金による償いと謝罪をきちっとしていることを訴え、これを否定した韓国の弱みを突くべき」(要旨)と東郷氏はいう。ただ、2013年末、安倍首相が靖国神社に参拝して米国から不信感をもたれたことについては、「安倍首相がナショナリストとしての側面だけで行動するとき、世界でついてくる国は一国もない」とも警告する。

 ヘイトスピーチに限らず、ナショナリスティックな発言が外国のマスコミによって針小棒大に世界に発信されれば、それは対外的に日本が傲岸不遜な国であることを印象づけることにもなりかねない。それがどのような外交的負担となって返ってくるか、日本がいま自立に向けた転換点に位置しているがゆえに、冷静に考えるべき、という識者は多い。

 かつて、米国に50年滞在し、イェール大学で法制史を教えた朝河貫一(1873~1948)は、日露戦争から4年後の1909年(明治42年)、南満州の鉄道利権をめぐって自国利益のみを主張してやまない日本を見て、孤立して国運を誤ることなかれと次のように記した。

〈日本の南満州における方針および行為、従来と異なることなくば、日本はすみやかに世界に孤立し、日本と共に東洋の主たるべき清国を我が敵とし、かつ彼をして他の強国に頼らしめ、東洋の平和および進歩のために貢献するところ大なるべき日本がかえってこれを妨ぐ張本人とせらるにいたらんことこれなり〉(『日本の禍機』講談社学術文庫より)。