政治

日中・日韓関係修復の鍵は、謙虚さを大切にする日本の道徳性の発揮にあり

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1946年5月3日に始まった東京裁判の法廷全景 (毎日新聞社)

1946年5月3日に始まった東京裁判の法廷全景 (毎日新聞社)

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中韓が日本に挑んでいるのは歴史と文化をめぐる戦い

 第2大戦が終わってから来年で70年、中国、韓国との歴史認識問題は、いままでにない困難さを加えている。背景に中国と韓国の力の台頭があるのは間違いない。

 中国はアジアを代表する覇権国として、歴史認識に関する日本の弱点を突くことに国家的利益を見出している。尖閣領有の主張はその典型である。民主主義・経済成長・韓流と見事な成功をおさめてきた韓国は、日本に対する「恨(ハン)」を一挙に先鋭化させてきた。2012年5月の大法院(最高裁判所)の戦時強制労働に関する有罪判決(*1=編集部注)は、1965年の日韓正常化の根底をくずし、多数の企業に対する有罪判決の強制執行を迫る可能性をはらんできた。

 これらの問題は、歴史認識問題を超え、日本国家の根底をゆさぶる問題ともなりうる。

 中国と韓国が今提起しているのは、まずもって、歴史と文化をめぐる戦いである。戦には勝たねばならない。そのためには、「謙虚さ」を核とする日本の道徳性を堅持することが必須である。

村山談話が世界に示した日本の力を再認識すべし

 歴史認識問題に対する日本の戦後は、まずサンフランシスコ条約11条による「東京裁判の判決の受諾」から始まった。しかしこれは、勝者の審判であり、私を含め、この多数判決に納得できない人は多い。そこから、日本人自身による自らの歴史判断が必要となった。それが、1995年の村山総理談話(*2)である。この談話は、包括的・直感的な表現により、植民地主義と侵略について、世界で最も質の高い道徳性を顕示した。その日本の力を認識できていない日本人があまりにも多い。

日中が「暗黙の了解事項」にしてきた40年の歴史

 以上の道徳性にたって、個別問題に関しては徹底的に議論し、国益を守らねばならない。その場合、相手側の心理を十二分に知るインテリジェンスが不可欠である。自らの主張を正義と信じてただ主張することは、しばしば墓穴を掘る。解決が必要な問題には、少なくとも、尖閣・靖国・慰安婦・強制労働・竹島が入る。

 尖閣に関しては、抑止と対話によって、1972年から2012年の40年間、暗黙の了解として存在してきた「棚上げ」(*3)の状況に戻さねばならない。これなくして、戦争の危機は日中から消え去らない。

 靖国に関しても、1972年の日中国交回復以来、「日本軍国主義は日中人民共通の敵」とした周恩来の考え方を以後誰一人否定してこなかった40年の歴史がある。その結果、靖国に合祀された14名のA級戦犯を軍国主義者の象徴とする中国側の認識が固定化した。この認識に対応せずに、この問題は解決しない。

戦時性暴力の全否定の上に成り立つ国際世論

 慰安婦に関しては、河野談話とアジア女性基金の誠意ある対応を韓国のみが受け入れてこなかった20年以上の歴史がある(*4)。この韓国の弱点をつかずに、「狭義の強制性なし」という自己正義の主張に拘泥した結果、国際社会における「20万の性奴隷」の風評は一層強まることとなった。現下の国際世論は、戦時性暴力への全面否定の上に成り立っている。その世論が受け入れる形で韓国の一方的主張をくずす戦略を早急にとることが、この問題解決への道筋を拓く。

 強制労働の問題は、現時点では、最も困難な問題である。しかし、韓国大法院の判決はこれまで韓国政府がとってきた政策とも対立する。韓国側との信頼の度合いを高め、水面下で韓国政府と共同歩調をとる対応策を考える以外の政策はないと思う。

 竹島問題は、韓国が竹島の実効支配を確定させた1954年以来60年、日本側は、問題の国際司法裁判所への提起を主張しつつも、実質的棚上げを是認してきた。その立場を継続することでよいならば、辛抱強い日韓の対話によって、紛争の島を協力の象徴の島に変えることは必ず可能なはずである。

【筆者が推薦する基本図書】

●東郷和彦『歴史認識を問い直す――靖国・慰安婦・領土問題』(角川ワンテーマ21、2013年)

●東郷和彦『歴史と外交――靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書、2008年)

【編集部注】

*1 戦時強制労働に関する有罪判決

2012年5月24日、韓国の大法院(日本の最高裁に該当)は、第二次大戦中の個人請求権にかかわる2件の訴訟について、いずれも原判決を破棄し、原裁判所に差し戻した。訴訟は、第二次大戦中、旧日本製鉄に徴用された韓国人4人が新日鉄住金を相手取って起こした損害賠償請求訴訟と、旧三菱重工に徴用された韓国人5人が三菱重工を訴えた損害賠償及び未払賃金請求訴訟の二つ。いずれも控訴審で原告側が敗訴していたが、大法院は、「日韓請求権協定(1965年)によって個人請求権が消滅することはない」と、これまでと異なる判断を示した。2013年7月、二つの差し戻し審(ソウル高等法院と釜山高等法院)で、いずれも日本企業の賠償責任を認め、各原告に新日鉄住金は1億ウォン(約700万円)、三菱重工は最高8000万ウォンの慰謝料を命じる判決が下された。訴訟は再上告され、支払いは実行されていない。

*2 村山総理談話

村山富市元首相は、総理大臣在任中、二つの「総理談話」を発表した。一つは、1994年8月31日に発表した「戦後50年に向けて」という談話で、慰安婦問題について「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」とお詫びの言葉を盛り込んだもの。もう一つは、翌年8月15日に発表した「終戦50周年の終戦記念日に当たって」と題した、いわゆる「村山談話」である。このなかで、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と被害を与えました。(中略)心からお詫びの気持ちを申し上げます」と戦時中に関与したアジア諸国への気持ちを伝えた。この「村山談話」は、その後、アジア外交の基本的な考え方として歴代内閣に引き継がれた。

*3 尖閣諸島領有権棚上げ

尖閣諸島は、日清戦争中の1895年1月、中国(清国)を含むどの国の支配も及んでいない土地であることを確認して日本が沖縄県に編入した。このとき中国側は異議を唱えなかったが、1968年に国連アジア極東経済委員会が後援する日本・韓国・台湾の海洋専門家が尖閣海域の海底調査を行ってかなりの石油資源が埋蔵されていることが判明すると、中国と台湾が「釣魚諸島(尖閣諸島)は自国領土だ」と、突然主張し始めた。その後、1972年の日中国交回復交渉で、当時の周恩来首相が「領有権問題の先送り」を提案、日本側もこれを了承した。1978年に鄧小平副首相が来日した際も、「こういう問題は一時棚上げしてもよい。10年棚上げしても構わない」と発言、尖閣の領有権問題棚上げに言及した。しかし、1992年に中国は自ら「領海法」を制定し、釣魚諸島(尖閣)が中国領土であると明示し、日本の実効支配を無効化するための活動を開始した。さらに2012年に日本が国有化を宣言してからは、中国は海洋監視船や漁船を派遣し、頻繁に領海侵犯を繰り返すようになった。

*4 韓国のみが受け入れてこなかった
1993年8月に発表された「河野談話」では、慰安所の設置や管理、慰安婦の移送などについて旧日本軍の関与を認め、慰安婦の募集にも本人の意思に反した強制性があったと述べている。しかし、1965年の日韓基本条約に付随する「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する協定」で、すでに個別請求権は「完全かつ最終的に解決された」ことになっているため、政府が個人的の請求に対応することができなかった。そこで、民間から資金を募り、1995年7月、元慰安婦への償い金や医療福祉支援の支給を主な事業目的とする「女性のためのアジア平和国民基金」(略称:アジア女性基金)が創設された経緯がある。

ただ、韓国では、韓国政府に登録した元慰安婦が230人余りいたにもかかわらず、償い金を受領した元慰安婦は61名にとどまった。その背景には、韓国の団体「挺身隊問題対策協議会」による、「基金の償い金を受け取れば、日本政府の責任を曖昧にしてしまう」との批判と、元慰安婦に受け取りを拒否させようする働きかけがあった。最初は基金の事業を了承していた韓国政府も、国内世論に押され、結局「日本に国家賠償を求める」立場に変わっていった。