社会

【再録・日本の論点】どんな人間も環境次第でギャンブル依存症という病気にかかる

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ギャンブル年商の8割がパチンコとスロット

 病的ギャンブリング(ギャンブル依存症の正式名)の要因は何かと自問するとき、誰もがまず思いうかべるのは個々人の素質ないし性格傾向である。しかし実際は、資質よりは環境の影響がはるかに大きい。

 ためしに角界を揺るがせた野球賭博(*1=編集部注)を振り返るといい。賭博で検挙されたり処罰された力士が、そうでない力士とどこか性格や資質が異なっていたろうか。賭博に親和的な環境(*2)が、普通の力士をギャンブラーに仕立てあげたのだ。

 2005年(平成17年)8月から2年間に、私の診療所を初めて訪れた病的ギャンブラー100名がはまったギャンブルの種類は、別掲の内訳のとおりである。

 角界のギャンブルの温床となった野球賭博にはまった患者は、わずか1名しかいない。いかに角界が野球賭博に濃厚に汚染されていたかが分かる。弟子入りした頃から兄弟子たちのギャンブルを眼にし、親方もそれを是としていれば、誰でも病的ギャンブラーになる可能性がある。むしろならないほうが難しい。

 患者100名のうち、パチンコとスロットが82名にのぼる。特に女性は8名全員がパチンコとスロットである。逆にパチンコ、スロットがらみでない患者は4名に過ぎない。この割合には、わが国のギャンブル産業に占める各種ギャンブルの年商の重みが、そのまま反映されている。全体の年商は、国民総医療費の35兆円よりやや少ない30兆円であり、パチンコとスロットはその8割5分を占める。

 ところがわが国では、このパチンコとスロットがギャンブルと見なされていない。単なる遊戯である。遊戯だから何の規制もない。ここに、わが国をギャンブルで汚染していく病根を指摘できる。

表1 ギャンブラー100人の内訳(かっこ内は女性)

表1 ギャンブラー100人の内訳(かっこ内は女性)

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勝利の記憶ばかりが脳に残るわけ

 ヒトの神経回路は報酬に対して活動する部位があり、そこではドーパミン作動性神経系が重要な役割を担っている。このとき報酬となるのは金品や食物など具体的な物の他にも、他人の評価や快感、地位などの抽象的なものがある。

 この脳内報酬系では、通常、利益よりも損失の方が優位に働くと考えていい。失敗や大損したことに対しては、もはや金輪際それにつながる行為を起こそうとしない。たとえ多少の利益が見込まれるにしても、である。

 しかし、病的ギャンブラーになると、この比重が逆転する。大損しても、稀であったはずの利益をいつまでも過大評価する方向で、脳内報酬系が働く。いわゆるブレーキがかからない状態が形成される。

勝ったときの恍惚感を高める仕掛けとは

 このように脳内報酬系を逆転させるために、たいていのギャンブルは趣向をこらしている。ひとつは、勝った際の高揚感や恍惚感を高めるための工夫であり、もうひとつは、勝つためには何らかの〈技術〉が必要だと錯覚させる仕掛けである。

 前者の例には、パチンコ店での光と音、関心を引く映像が挙げられる。そして後者には野球賭博の好例がある。単に野球チームの勝敗だけの賭けであれば、面白くもないし、すぐに倦きる。暴力団が黒幕となった胴元は、そこで30種類近くの複雑なハンディを設定し、ギャンブラーが自らの〈技術〉を磨きつつ、深みにはまっていくように仕向ける。パチンコやスロットのまやかしの攻略本が10万円でも20万円でも売れるのも、〈技術〉に惑わされた結果でしかない。

 加えて巧妙なのが〈ニアミス(ニアウィン near win)〉の仕掛けである。AAAが当たりのとき、AABやABAが出ると、誰でも「当たり損ねた」と考える。実際はAABもACBも、はずれにおいては何ら変わりがない。

 このように興奮や好奇心を高める策略が、ギャンブルとみなされていないパチンコやスロットでは野放図に放置されている。

病的ギャンブラーはなぜ新台に目がないか

 病的ギャンブラーの脳内ではドーパミンが過剰に働いているとの従来の知見は、ここ一〇年、思いがけない分野から傍証が出はじめた。ドーパミン作動薬で治療されたパーキンソン病(*3)の患者に、突然病的ギャンブリングが惹起されたという神経内科からの報告が相つぐのである。

 パーキンソン病は脳内のドーパミンが減少する疾患なので、ドーパミンを補うために作動薬を投与する。患者は、症状を治そうとして薬を過剰にのむ傾向があり、その挙句、それまで全くギャンブルに縁のなかった患者が、忽然としてギャンブル場に通い出す。同様な例は、同じようにドーパミン作動薬を投与されるむずむず脚症候群(*4)の患者にも見られている。

 つまり、ギャンブルという行為を反復することにより、脳内のドーパミン放出が次第に高まり、ドーパミンが統括する脳内報酬系に異常が生じ、他方で新規探求性が増大するというわけである。ここでいう新規探求性とは、新しいものにひかれる性向のことで、パチンコにはまった病的ギャンブラーが、新しいパチンコ台には目がないという事実はつとに知られている。パチンコ店が常時行う新台入荷は、この性向をねらったものと言える。

 アルコール依存症は、アルコールという化学物質を繰り返し体内に入れる結果生じる。病的ギャンブリングは、化学物質こそ脳内に入れないものの、嗜癖となった行為で脳内ドーパミンの過剰状態が生み出される。まさしく生活習慣病である。

最大のギャンブルがそうは見なされていない

 環境次第で誰もが病的ギャンブラーになるという認識があったからこそ、わが国の為政者は日本書紀の記述(*5)にもあるように、天平の昔からギャンブル行為を法で取り締まってきた。法的規制は一種の予防施策である。

 ひるがえってわが国の現状を見直すと、予防策を張るどころか、花盛りのゲームセンターひとつとっても、子供の頃からギャンブルを扇動している。

 加えて、わが国最大のギャンブルでありながらギャンブルと見なされていないパチンコ、スロットは、コンビニよろしく全国津々浦々にある。テレビのCMや新聞の広告とチラシ、広告塔など、国民は絶えず扇動されている。アルコールやタバコと違って、青少年への予防教育も手つかずのままである。さらにはカジノ合法化まで検討されている。

 原因の除去どころか、ギャンブル行為の嗜癖を加速させ、脳内ドーパミンを増やす施策がとられている。暴力団が背後で操る野球賭博に汚染された角界と同じ状況が、わが国全体に放置されていると言える。

【筆者が推薦する基本図書】

●帚木蓬生『ギャンブル依存とたたかう』(新潮選書、2004年)

●帚木蓬生『やめられない―ギャンブル地獄からの生還』(集英社、2010年)

【編集部注】

*1 野球賭博

2010年5月に発覚し、大嶽親方や大関・琴光喜らが解雇、その他多数の親方と力士が謹慎などの処分を受けた事件。翌年1月には、胴元(賭博の主催者)役を務めた元力士ら4人が賭博開帳図利などの容疑で逮捕された。野球賭博では、高校野球からプロ野球まで多岐にわたってチームの勝敗を賭けるが、その際、点差に「ハンディ」と呼ばれる数字をつける。まず、胴元のトップが顧客数や賭け金の上限を決める。胴元は「ハンディ」を微妙に設定することで、魅力的なオッズや倍率を演出し、賭けを複雑なものにする。胴元の下でピラミッド構造になった中間組織が顧客を管理し、電話連絡などを通じて、賭け金の清算など、実際の顧客との取引を行う。この野球賭博の設定から実施まで暴力団組織が関与しているといわれている。

*2 賭博に親和的な角界

野球賭博は、仲介者との電話一本で成立し、馬券売場や賭場など目立つ場所に出向く必要もないので、集団生活を送ることが多い相撲関係者が手を出しやすかったという。

*3 パーキンソン病

主に40歳から50歳以降に発症し、ゆっくりと進行する原因不明の神経変性疾患。主な症状として、手足のふるえ(振戦)、手足のこわばり(固縮)、動作の緩慢化(寡動、無動)、転びやすくなること(姿勢反射障害)などが挙げられる。日本全体で10万人以上の患者がいると推定されている。

*4 むずむず脚症候群

「下肢静止不能症候群」ともいう。夜間にふくらはぎがむずむずして、不快を感じて寝付けなくなる。20~30分間隔で下肢の筋肉が周期的にけいれんする周期性四肢運動障害を伴うことも多い。症状は夕方から夜間に現れやすく、睡眠障害の要因となり昼間の疲労感を引き起こすなど、日常生活にも大きな影響を及ぼす。どういう場合に発症するのかいまだ解明されていないが、病気の本体は下肢ではなく、中枢神経系にあると考えられている。

*5 日本書紀の記述

『日本書紀』の「持統三年(689年)」の項に「十二月己酉朔丙辰。禁断雙六」とあり、貴族の間で流行していた遊戯「雙六」(すごろく)が禁令の対象となったことが記されている。