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解説

【基礎知識】領海侵犯に対する日本の対応とは

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「武力攻撃に至らない侵害」は何を指すか

 2014年5月、安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」(座長=柳井俊二・元外務事務次官)は、「集団的自衛権を限定的に行使することは憲法上許される」とする、従来の憲法解釈の変更を求める提言をまとめ、首相に提出した。この提言の中には、集団的自衛権のほかに、もう一つ大きなポイントがあった。「Ⅱ.あるべき憲法解釈」の項の8番目に盛り込まれた「武力攻撃に至らない侵害への対応」である。

 この「武力攻撃に至らない侵害」について、提言は、「国境の離島等に対して特殊部隊等の不意急襲的な上陸があった場合」、「我が国領海で潜没航行する外国潜水艦が退去の要求に応じず徘徊を継続する場合」、「テロリスト・武装工作員等による警察力を超える襲撃・破壊行動が生起した場合」などのケースを想定、警察や海上保安庁が対応している間、出動の下命を待たなければならないなど、自衛隊が即応できない防衛上の不備を指摘した。

もし武装集団が漁民を装っていたら

 こうしたケースでは海保や警察だけでは対応が難しい。たとえば、漁民を装った武装集団が日本の領海離島に上陸したとして、その侵害者が本当に漁民なのか、他国の軍隊なのか、あるいはテロリストなのかを判断するのは難しく、手をこまぬいていれば彼らの行為が「警察力を超える襲撃・破壊行動」に発展したり、突発的に事態が急変することもあり得るからだ。

 そこで、「『組織的計画的な武力の行使』かどうか判別がつかない侵害であっても、そのような侵害を排除する自衛隊の必要最小限度の行動は憲法上容認されるべき」というのが、この提言の趣旨である。

 政府はこれまで、こうした事態が起きたとしても、そのほとんどを海上保安庁などの警察力に委ねざるを得なかった。その背景には、自衛権の行使をできるだけ限定的にしようとしてきた政府の憲法解釈があった。

 自民党は、この提言を受け、公明党との「安全保障法制整備に関する協議会」で、「武力攻撃に至らないグレーゾーン事態」「国連PKO活動」「武力行使に当たり得る活動」の3分野に関する15事例を検討材料として提出した。「グレーゾーン事態」には、(1)武装集団による不法上陸を想定した「離島等における不法行為のへの対処」、(2)公海上で訓練を実施中の自衛隊が日本の民間船舶への不法行為に遭遇した場合の対処、(3)北朝鮮に弾道ミサイル発射の兆候がみられるときの「弾道ミサイル発射警戒に当たる米艦防護」の3事例が示された。これらのケースにも自衛隊が出動できるよう整備をすべきというのが、自民党の主張であった。

 与党協議を経て、政府は7月に「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を閣議決定した。その最大のテーマは集団的自衛権の限定的な行使容認だが、グレーゾーン事態への対応も、たとえば離島周辺において、自衛隊の治安出動や海上警備行動の発令が迅速にできるように関係機関があらかじめ十分に規定を検討しておくべきことなどが盛り込まれた。

尖閣周辺における海保の奮闘

図1 中国公船による尖閣諸島周辺の接続水域

図1 中国公船による尖閣諸島周辺の接続水域

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 図1は、尖閣諸島周辺の日本の接続水域(沿岸から24海里・44キロ)および領海(沿岸から12海里・約2キロ)に進入した中国公船(軍艦を除く政府・官公庁所管の船)の隻数の推移である。これを見ると、野田政権下の2012年9月に日本政府が尖閣3島を国有化して以降、中国公船の侵入隻数が驚異的に増えていることがわかる。

 現在、国土交通省所管の海上保安庁第11管区に所属する巡視船が全国全管区からの応援派遣を得ながら、尖閣周辺の防人の役目を果たしているが、現実にはその手薄さは否めない。

 海保の巡視船は、尖閣海域に近づいた中国海警船隊(公船)に対して、まず「領海内の無害でない通航は認められない」という警告を発する。すべての国の船舶は、平和や秩序を乱さない限り、外国の領海を通航することができる「無害通航権」を持っている。しかし、「侵入」それ自体を目的とした船舶は当然、「無害」ではないからだ。それでも領海侵入した船舶には無線や電光掲示板を用いて領海外へ退去するよう何回も要求する。警告は、退去するまで粘り強く繰り返される。第一線の現場は、昼夜わかたず一触即発の緊張をつねに強いられているのである。

図2 日本の排泄的経済水域

図2 日本の排泄的経済水域

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 日本の排他的経済水域(EEZ=沿岸国が、沿岸から200海里・約370キロ以内の、水産・鉱物資源の探査や開発の主権的権利を持つ海域。他国の軍艦や軍用機の航行は認められるが軍事行動はできない。図2参照)は、約441万平方キロ、と世界でも6番目に広い。この海域を警備する海上保安庁の負担は、ただでさえ重いのに、中国漁船による赤サンゴの密漁事件のような事案が生じれば(2014年秋)、さらに増す。

 海上保安庁法第2条には「法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他の海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする」と定められていて、その所管する業務はきわめて多岐にわたる。アメリカ、カナダ、イギリスなどの先進国では、軍隊とは別に沿岸警備隊を組織している国が多いが、これほど多くの業務を遂行している沿岸警備組織は、世界に類がない。

海保の権限・装備の拡大か、自衛隊の規制緩和か

 にもかかわらず、海上保安庁の予算は抑えられたままだ。2011年が1754億円、2012年1732億円、2013年1739億円で、1834億円と増額されたのは、ようやく安倍政権下の2014年になってからである。定員も1万3208人と、前年から400人増えてはいるが、巡視船などの船艇は509隻。約1000隻といわれる中国にはとうてい及ばない。海の保安ニーズがとりわけ高まったのは、2012年の尖閣諸島国有化がきっかけである。以後、グレーゾーン事態の想定、その場合の海上保安庁の巡視船と自衛隊(海自・空自)の役割分担、さらには自衛隊出動のための手続きの簡素化と、議論が矢継ぎ早に俎上にのぼることになった。

 離島防衛が論議されるとき、自衛隊出動の是非ばかりが論じられ、海保は蚊帳の外に置かれがちだ。だが、いっぽうで、尖閣海域のような中国船の領海侵犯が常態化している場所で、海保巡視船が果敢に中国の海警局の船に立ち向かっているから、中国海軍と海自の艦船の緊迫した対峙が避けられているのだという意見もある。とすれば、グレーゾーン事態への対応は、自衛隊出動の“規制緩和”よりも、まずは海上保安庁の権限と装備を拡大するほうが効果的、という理屈が成り立つ。いずれにしろ離島防衛を含むグレーゾーン事態における「切れ目のない(シームレスな)」対応は、双方が早期に緊密な連携システムを構築する以外にないことだけは間違いない。