経済

【再録・日本の論点】重税国家からは富と人材が流出する──戦後英国の轍を踏んではならない

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虎に食われても年貢は安いほうがよい

皇太子様とのご婚約発表を祝う町内会の提灯行列に、自宅2階の窓から応える正田美智子さんと母冨美さん(1958年)。この正田邸は99年に父の英三郎氏が亡くなったあと、相続税の支払いのために物納され、2003年に取り壊された(毎日新聞社)

皇太子様とのご婚約発表を祝う町内会の提灯行列に、自宅2階の窓から応える正田美智子さんと母冨美さん(1958年)。この正田邸は99年に父の英三郎氏が亡くなったあと、相続税の支払いのために物納され、2003年に取り壊された(毎日新聞社)

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 税金に相当するものを昔の人は「年貢」と言った。年貢は安ければ安いほどよい。戦国時代にはじめて下克上の大名として登場したのは北条早雲であった。彼がたちまち有力大名になった大きな理由は、年貢の率が周辺の大名よりも20%低かったからであるということは有名である。どこの国でも苛政というのは年貢の高いことを指していた。
「苛政は虎よりも怖ろしいということを覚えておけ」と孔子も言っている。『礼記』(檀弓・下)に次のような話があるのだ。

 孔子が泰山の近くを通りかかった時、一人の婦人が墓に向かって悲しそうに泣いていた。あまりにもその声が悲しそうだったので、孔子は弟子の子貢に事情を尋ねさせた。するとその婦人はこう答えた。

「私の舅は虎に殺され、私の夫も虎に殺されました。そして今、私の子供も虎に殺されてしまったのです」

 それで孔子が「どうしてそんな危険な土地から去らないのですか」と尋ねると、その婦人は「ここには苛政がないからです」と答えたのである。そこで孔子の有名な言葉が出る。

「小子ヨ之ヲ識セ。苛政ハ虎ヨリモ猛ナリト」(お前たちよく覚えておくがよい。苛政は虎よりも怖ろしいのだと)

 これは今でも高等学校の漢文の教科書に出てくるぐらい有名な言葉であるが、近代の政治論では忘れられがちのことである。

英労働党の高税率政策が「頭脳流出」を招いた

 たとえばどこの国から人が逃げ出したがるかといえば、共産国からであった。だから人民に対する政府の監視が病的に厳しくなり、ベルリンの壁などもできた。というのは共産主義国家では私有財産を認めない建前だったからだ。ということは言葉を換えていえば、猛烈に高い税制国家だったということである。産み出される富は全部国家が取り上げて、人民は生きるだけのものを国からもらうという建前だからである。苛政の極である。だから生命がけで逃げ出す人が少なくなく、さればこそ国の統制・監視が厳しく、一切の自由をも取り上げることにしたのであった。

 戦後しばらくの間は日本では左翼思想が盛んで、ソ連を理想国家の如く唱える学者たちもいた。北朝鮮をたたえた大新聞もあった。しかし普通の人でソ連に移民したがる者は絶無といってもよかったのに反し、アメリカに移民したい人ならいくらでもいた。税金を取られる側の庶民はそれを知っていたから、きわめて正しい判断をしていたのである。

 それほど極端ではないが、大戦後のイギリスでもそれが起った。労働党内閣(*1=編集部注)は当然社会主義政策を採用した。社会主義社会とは高税率国家のことである。それで言語が共通という便利さもあって、多くの有能な人材、つまり高い収入を得る能力のあるイギリス人たちがアメリカに移民した。この現象を「頭脳流出」というようになったが、それを示す英語braindrainが『オックスフォード英語辞典』に最初の例として採録されたのは1963年(昭和38年)の文献である。当時は日本では第二次池田内閣の頃であった。この頃から大英帝国の衰微が目立つようになってきていたのである。

 戦勝国のイギリスが、敗戦国の西ドイツと対照的に経済不振になった。その理由は素人にも明らかである。西ドイツはアデナウワー首相、エアハルト経済相の方針で自由主義的市場経済を行っていたのに反し、イギリスは労働党の推進する社会主義経済で基幹産業の国有化(*2)と、富裕階級への高率税を押し進めたのだ。その流れの中で保守党が政権を取った時でも、その大勢を変えることはできず、せいぜい左翼化の進行を一時的に停めることしかできなかったのである。イギリスはいわゆるゴー・ストップの政治だった。その間に高給を望む者、またその能力があるものは頭脳流出し、国内の長年蓄積されていた富も税金によって取り上げられ、社会政策・福祉国家の美名の下に雲散霧消してしまったのである。

 イギリスの学界の意見や、行政に携わる者たちの信念は、圧倒的にLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス・アンド・ポリテカル・サイエンス)系統のものであった。LSEはいうまでもなくウェッブ夫妻が作った学校であり、その建学の精神は「社会主義政策を行政に実現する人間を作ること」であった。大戦後にチャーチルの後を受けて首相になったアトリーはウェッブ夫妻の協力者であり、LSEで社会政策論を講じていた人物である。

パーキンソンが喝破した税率の法則

 この頃のイギリスの衰退を憂えて、その根本的原因が税金にあることを見事に指摘したのが、「パーキンソンの法則」で有名になったC・N・パーキンソンであった。

 彼は1960年(昭和35年)に『法と利益』(邦訳は福島正光『かねは入っただけ出る──パーキンソンの第二法則』至誠堂・1962)という名著を出した。パーキンソンはイギリス海軍史の権威でもあり陸軍少佐で海軍兵学校の教官であった。またいろいろな大学でも教えた。その歴史家としての知識と、組織内の体験からさまざまな擬似科学的法則をユーモラスに述べたが、内容は国家の興亡にかかわる重大なことなのである、「自由は財産の私有の上に築かれ……支配者によって一定の保有が許されるところには存在しえない」という確信に至った。そして彼は歴史的知識を駆使してこう述べている。

 平時の課税が国民所得の10%を超えると、資本は国外への流出をはじめ、20%を超えると、税率を上げたほどは税収がなくなり、25%でインフレを生じ、徴収したお金の価値が下がり、30%を超えると国の国際的影響力が下がり、35%を超えると、目に見えて自由と安定性が危くなるという。だから課税は国民所得の20%あたりで留まるべきで、しかも税額は厳格に比例的であるべきで累進課税は不可である。またいかなる所得ある人にも25%以上の直接税をかけてはいけない。これを守らなかった英国の話の記述は、ユーモラスだが胸が痛む箇所である。

所得税は上限一割、相続税はゼロでよい

 パーキンソンの本を読んでいる頃、私は偶然の幸運でハイエク教授(*3)の何度かの訪日の際に通訳をする機会を与えられた。その際には経済団体や大蔵省での講演にも同行した。ハイエク理論も、談話的講演では、エッセンスがわかりやすい言葉で語られる。そうした講演の中で、私にもっとも強烈な印象を与えたのは次の言葉であった。

「いかなる国も、所得税は10%、多くても15%で足りるはずである」

 その頃の日本では上の方の税率は70か75%だったからびっくりした。

 その後、どういう風の吹きまわしか、私は政府税調委員に委嘱された。その時に当時の大蔵省主税局長さんに、「ハイエク教授は所得税は10%程度でよいはずだと言っておられるが、主税当局はどうお考えですか」と私が質問すると、即座に答えが返ってきた、

「みなさんから徴収させていただけるなら、10%はいりません。7%で結構です」

 なるほど、日本のGDPを大ざっぱに500兆円とすると、7%なら35兆円だ。その頃の所得税は20兆円前後だったから、7%でも十分すぎる。低所得者を無税にしても10%ならうんと余るはずである。

 一方、相続税は、消費税の1%分くらいのものだから、全廃しても大したことはない。所得税の上限10%、相続税ゼロならば、国民はのびのびとして、勝手に消費し、景気がよくなり、さまざまな文化も自然発生するであろう。外国の大金持も移住してくれば、国際的にも有利だ。

 税金を高くすることは苛政で虎より怖ろしいのだ。日本は法人税が高い上に、脱原発で電気料まで値上げになれば、頭脳流出と企業流出が共に起るであろう。いな、すでに起り始めているのではないか。(この論文は、ご本人の了解を得て『日本の論点2012』より再録させていただいたものです)

【筆者が推薦する基本図書】

●C・N・パーキンソン著/福島正光訳『かねは入っただけ出る』(至誠堂、1962年)

●渡部昇一『税高くして国亡ぶ』(ワック文庫、2005年)

【編集部注】

*1 労働党内閣

第2次世界大戦勃発直後に保守党と労働党の挙国一致内閣が形成されウインストン・チャーチルが首相に就いた。だが大戦後、挙国一致内閣は解消され、1945年7月に行われた戦後初の総選挙で、チャーチル率いる保守党は敗れ、クレメント・アトリー率いる労働党が勝利、イギリス憲政史上で初めて労働党が議席の過半数を占有した。

*2 国有化政策

アトリー内閣は、石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などの産業を次々と国有化していった。1951年に政権を奪回したチャーチル保守党内閣は逆に、53年に鉄鋼、運輸などを民営化したが、64年に政権を奪回した労働党のウィルソン内閣は67年に鉄鋼や運輸などの産業を再び国有化、さらに75年には自動車産業を国有化した。国有化された企業は経営改善努力を怠るようになり、それが国際競争力低下へとつながっていった。

*3 ハイエク

フリードリヒ・ハイエク(1899-1992)はオーストリアの経済学者。政府の市場への介入を廃し、全てを自由競争の市場に任せることで経済がうまくいく、とリバタリアニズム(自由至上主義)の論を展開した。渡部氏は『ハイエク──マルクス主義を殺した哲人』(PHP研究所)で、「一九世紀から二〇世紀にわたって、最も大きな、最も強力なマインド・コントロールを世界にかけたのはマルクスの『資本論』である。そのマインド・コントロールから人類を解き放つための最も有効な治療薬となったのはハイエクの『隷属への道』である」と述べている。