経済
解説

【基礎知識】就職か、就社か――仕事選びの要諦

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大手の有名企業しか目に入らない学生

 文部科学省と厚生労働省が共同調査した大学等卒業予定者の就職内定状況の直近のまとめ(2014年2月1日調査分)によると、大学(学部)卒の内定率は86.7%。4年連続の上昇となった。

 学生たちは、どんな企業を志望したのか。各種就職情報メディアが発表する「就職人気ランキング」では、やはり大手有名企業が上位を占めた。その一つ、マイナビの「2015年卒大学生の就職人気ランキング100社」では、文系ではJTBグループ、理系ではカゴメがトップに選ばれた。また、東洋経済の「就職人気ベスト300社」では、総合で三菱東京UFJ銀行が1位にランクされ、以下、JTBグループ、明治グループ、全日空(ANA)、JR東日本、みずほフィナンシャルグループ、野村證券、日本生命、大和証券グループ、丸紅がベスト10だ。

 エントリーがこれら有名企業に集中すれば、当然のこと競争率が上がり、内定の取れない学生が大量に出る。日本生産性本部の「平成26年度新入社員『働くことの意識』調査」をみると、「第1志望の会社に入れた人」(2014年4月入社の4年制大卒新入社員)は50.1%。逆にいえば、2人に1人は落ちたということになる。

 有名企業に就職希望者が殺到するのは、たんに学生の知っている会社が少ないことが理由の第一だ。一橋大学キャリア支援室の西山昭彦特任教授は、「学生が知っている会社は多くても100社。東証1部上場企業だけで1870社もあることを考えれば、いかに少ないかがわかる。B to Bの隠れた企業を探すようにすると、宝の山が見つかる」と学生に助言する(日本経済新聞2015年3月2日付)。

「一生いられる会社に」という安定志向

 学生たちが知名度の高い企業に殺到する理由に、もう一つ、就活を「就職」(=職業選び)ではなく、「就社」(=一生働ける会社選び)と考えがちなことがあげられる。日本生産性本部が毎年おこなっている新入社員の意識調査によると、「今の会社に一生勤めよう」と思っている人は2001年以降増えつづけ、2012年には60.1%に達した。直近の2年は景気回復基調を背景にやや減ったものの、終身雇用を求める学生は相変わらず多数派だ(図参照)。

図版・定年まで勤めるか

図版・定年まで勤めるか

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 大学生の仕事観はどうか。マイナビ「2015年卒大学生就職意識調査」によれば、(1)楽しく働きたい32.7%、(2)個人の生活と仕事を両立させたい22.8%、(3)人のためになる仕事をしたい14.8%、(4)自分の夢のために働きたい12.3%、(5)プライドの持てる仕事をしたい7.2%、(6)社会に貢献したい6.0%、(7)収入さえあればよい2.9%、(8)出世したい1.3%となっている。

 これらの調査から類推すると、就活する学生たちは、「安心して一生勤めることができる会社を選ぶ」という安定志向を持っている反面、自分の夢の実現や社会への貢献など「自己実現のために仕事を選ぶ」という意識もあわせ持っているのがわかる。いい換えれば、学生たちの多くは「就社」と「就職」の間で揺れ動き、「何のために働くか」といった仕事観や人生観は定まっていないというのが実際だ。

3人に1人が入社3年以内に辞める

 そうした迷いの表れか、就活で苦労して入社した会社なのに3年以内に辞めてしまう若者が後を絶たない。厚生労働省の調査「新規学校卒業就職者の離職状況」によれば、2011年3月に大学を卒業して就職した37万7606人のうち、3年以内に離職した人は12万2197人にのぼる。離職率は、じつに32.4%(入社1年目の離職8.8%、2年目10.1%、3年目13.4%)、約3人に1人の割合である。

 離職者に離職理由を尋ねた厚生労働省の調査では、20~24歳の層では、(1)労働時間等の労働条件が悪い18.6%、(2)収入が少ない12.4%、(3)職場の人間関係10.4%、(4)会社の将来が不安7.7%、(5)仕事の内容に興味を持てず6.8%、(6)契約期間の満了6.4%、(7)能力・個性・資格を生かせず6.1%、という順だった(厚労省「平成25年雇用動向調査」)。

 夢と現実との落差があらわれた格好だが、「内容に興味が持てない」や「能力・個性・資格を活かせず」という理由の裏には、ミスマッチというより、会社から与えられた仕事に対する不満があるといってよい。

ホリエモンが服役中に感じた働く喜び

 入社3年以内の離職者が多い背景には、極端に細分化された分業システムと、高度に情報化された現代の労働環境がある。

 産業革命以前の職人による手工業の時代は、人は自分の作り出す生産物と対話しながら、工夫を加え、自分の仕事=目的を達成することができた。良い物ができればうれしくなり、共に製造に携わった仲間との間には連帯感が生まれた。また、作った製品を喜んで買ってくれる人がいれば、社会に貢献しているのを意識できた。働くことで他者(社会)から認められる――働くことはまさに生きがいであり、自己実現だった。とりわけプロテスタンティズムでは、この職人的な仕事を神から召命された天職と見なし、仕事に専心することが魂の救済になると考えられたのである。

 労働がもたらす喜びは、たとえば強制収容所で労役に従事する囚人でさえ感じることができた。ロシアの作家ソルジェニーツィンが、スターリン時代の強制収容所の実態を描いた小説『イワン・デニーソヴィチの一日』(邦訳は新潮文庫)には、シューホフという腕利きの元職人流刑囚がブロックを積む仕事に没頭し、その出来ばえに「まだこの腕も老いぼれちゃいないな」と悦に入る描写がある。

 この場面とよく似た懲役労働の体験談を、かつて企業買収に豪腕を振るい、証券取引法違反で服役した経験をもつ元ライブドア社長の堀江貴文氏が、自著『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』(ダイヤモンド社刊)のなかで、次のように語っている。

〈僕が最初に与えられた仕事は、無地の紙袋をひたすら折っていく作業だった。(中略)与えられたノルマは1日50個。担当者から折り方のレクチャーを受け、さっそく作業を開始する。ところが、意外にこれがむずかしい。当初は「たったの50個?」と思っていたのに、時間内にノルマ達成するのもギリギリだった。いくら不慣れな作業だとはいえ、くやしすぎる結果だ。どうすればもっと早く、もっとうまく折ることができるのか? レクチャーされた折り方、手順にはどんなムダがあるのか? 折り目をつけるとき、紙袋の角度を変えてはどうか……? 担当者から教えてもらった手順をゼロベースで見なおし、自分なりに創意工夫を凝らしていった。その結果、3日後には79個折ることができた。初日の1.5倍を上回るペースだ。単純に楽しいし、うれしい。仕事の喜びとは、こういうところからはじまる〉

歯車の一つとしての仕事

1990年代、ライン生産方式への反省から、一人で全工程を担当するセル生産方式が広まった。職人的な仕事スタイルは、作業員の働きがいも生み出した。写真は2001年、新潟県小千谷市の松下電送システム(現・パナソニックシステムネットワークス)新潟ファクトリーセンターのセル生産(毎日新聞社)

1990年代、ライン生産方式への反省から、一人で全工程を担当するセル生産方式が広まった。職人的な仕事スタイルは、作業員の働きがいも生み出した。写真は2001年、新潟県小千谷市の松下電送システム(現・パナソニックシステムネットワークス)新潟ファクトリーセンターのセル生産(毎日新聞社)

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 どんな仕事でも考え方しだいで楽しくなるし、働きがいを持てるもの、という堀江氏のメッセージである。しかし、そうした仕事のおもしろ味は、現代の労働環境のなかでは実感しにくい。たとえば自動車の生産工場では、作業者は自分の持ち場でラインを流れてくる部品の組み付けに追われて、それがどんな形で最終製品になっていくのか、考える暇はない。自分の仕事を全体のなかに位置づけることは難しく、ユーザーの評価も直接知ることはない。結果、完成品と顧客から疎外された仕組みのなかで働くことになってしまうことがある(近年は、1人または少人数の作業者で、部品取り付け→組み立て→加工→検査までの全工程を担当するセル生産方式が日本のメーカーで考案され、多品種少量生産の自動車部品、情報機器、家電メーカーを中心に普及した。いわば職人的な仕事スタイルへ回帰だが、この生産方式は乗用車やトラックのような大型製品の製造には不向きで、しかも熟練作業者の育成に時間がかかることなどから、今も製造現場ではライン生産方式が主流である)。

 デスクワークも同様で、大きな組織とシステムの一歯車にすぎないと感じたとき、人は疎外感に襲われる。入社3年以内に辞める離職者が後を絶たない理由の一つが、この労働の目的の喪失にある。

目的はお金を稼ぐことか、自己実現か

 幕末から明治初期に活躍した政治家、勝海舟の『氷川清話』(勝部真長編・角川文庫)に「職業としての政治屋と役人」という小論がある。そのなかの一節に、

〈今の政党員は、多くは無職業の徒だから、役人にでもならなければ食えないのさ。だからそれは猟官もやるがよいが、しかし中には何の抱負もないくせに、つまり財政なり外交なり自分の主張を実行するために就官を望むのではなくって、何でもいいから月給にありつけばさえすればよいという猟官連は、それはみっともない〉

 人が官職を得ようと競うとき、大事なことは月給にありつく(お金を稼ぐ)ことではなく、自分の主張を実現したいという志だ、というのが勝海舟の言い分である。人命を救うために医師になる。人を育てるために教師になるといった職業への志――それは安泰な人生のパスポートを得るために大手企業を選ぶという動機とは対極にある。

 近年、貧困問題、少子高齢化、医療・介護・障害者福祉、環境保護、地域再生、途上国支援など、さまざまな社会的な課題に対応するソーシャル・ビジネスをおこなう社会的企業が数多く設立され、雇用の受け皿になりつつある。

日本でも増えるソーシャル・ビジネス

 たとえばホームレスの更生と自立を促すことを目的に設立された「ビッグ・イシュー」(英国)や、自然の原料を素にした化粧品の製造・販売をグローバル展開し、その収益で世界中の環境保護活動を支援する「ザ・ボディショップ」(英国)などがそれだ。

 アジアでは、バングラディシュで貧しい人々を対象に無担保の少額融資(マイクロクレジット)を行う特殊銀行「グラミン銀行」がよく知られている。融資を受けるには5人がグループになり、返済の連帯責任を負う。毎週開かれる集会への参加も義務づけられ、そこでは貧困から脱出するための教育(識字、公衆衛生、家族計画、職業訓練など)が実施される。グラミン銀行と創設者の経済学者ムハマド・ユヌス博士は、ともに2006年のノーベル平和賞を受賞した。

 経済産業省も、こうしたソーシャル・ビジネスを支援するために、2009年に「日本を代表するソーシャル・ビジネス55選」を発表し、2013年には「ソーシャル・ビジネス・ケースブック」を作成した。日本での例をあげれば、地域の子育てを終えた主婦たちを保育スタッフとして登録、利用者を会費制にすることで経費節減と収入の安定化を図り、病児保育事業を成功させたNPO法人「フローレンス」(東京)や、関東・東海・関西の三大都市圏で、耕作放棄地を持つ農家と都市生活者を結びつけ、農地の有効活用をビジネス化した「マイファーム」などがあげられる。これらのビジネスは、分野は違っても社会問題の解決を目指すという目標は共通する。

 ソーシャル・ビジネスは、ともすれば収益第一主義に陥りがちな企業姿勢に一石を投じた。社会活動に参加したいと考える学生にとって、ソーシャル・ビジネスは「仕事=自己実現」という思いを満たしてくれる点で、職業選びの選択肢を広げる存在として、目下、注目度が上がっている。

企業の論理と働きがいは両立するか

 注意したいのは、やりがいや自己実現を強調するあまり、過重労働は当たり前という職場もなかにはあることだ。やる気を引き出すという理由で長時間労働をいとわない人材を求める、いわゆる“ブラック企業”である。東京大学大学院の本田由紀教授は、著書『軋む社会 教育・仕事・若者の現在』(河出文庫)のなかで、ある居酒屋チェーンを紹介し、注意を促している。

〈代表取締役を「師範」、店舗を「道場」、教育・研修を「修行」、採用を「入門」と呼んでいる。各店舗には「師範」が書いた相田みつを風の色紙が飾られており、そこには「夢は必ず叶う」、「最高の出会いに心から感謝」、「おかあさんおとうさん生んでくれてありがとう」、「共に学び共に成長し共に勝つ」などと書かれている〉

 意図的か、そうでないかにかかわらず、従業員たちに夢や自己実現といった“やりがい”を意識させることで、働き過ぎを納得させてしまう――こうした労務管理を本田氏は「やりがいの搾取」と名づけた。

 一般に飲食チェーン店では、慢性的な人手不足から社員やアルバイトは長時間労働を強いられがちだ。しかもその多くは詳細なマニュアルによって作業を効率化している。たとえばゼンショーホールディングが運営する牛丼チェーン「すき家」では、カウンターで客の注文を受けてから原則として10秒以内に牛丼を出すために手の動かし方、足の置き方までマニュアル化し、深夜時間帯の1人勤務体制(ワンオペ)を可能にした。企業理念に「世界から飢餓と貧困を撲滅するためにフード業世界一を目指す」という理想を掲げ、急伸した原動力の一つに、極限まで徹底された効率化があった。

 ところが、深夜に頻発した強盗事件をきっかけに、ワンオペが問題化。2014年、ゼンショーは外部の弁護士らを招いて「労働環境改善に関する第三者委員会」を起ち上げた。結局、長時間労働の禁止とその実現のための体制整備を求める提言を含めた委員会の「調査報告書」を受けて、ワンオペを廃止、深夜も複数体制にしたという経緯がある。

就活であわてないために

 はたして自分はこの仕事に向いているのか、ほかに天職があるのではないか――新入社員ばかりか、長く会社に勤める中堅社員ですら、しばしば自問自答するテーマがこの職業選択である。

 3月から来春の卒業予定者に向けた企業側の採用活動が解禁された。昨年度に比べて3カ月遅いスタートである。経団連が「企業の採用活動が早いため、学生たちは就活に追われて学業に専念できない」という大学側の声を考慮した結果だが、学生にとっては、その分、就活の期間は短くなった。自分は将来何をしたいのか、そのためにはどんな仕事を選んだらよいのか。就活であわてないためには、高校あるいは大学に入学したときから、社会に出るときを想定し、自らの仕事観を培っていくことが大切なのはいうまでもない。にわか仕込みで面接指南書を暗記しても、担当者はそのうすっぺらさを瞬時に見抜く。

 いい換えれば、20年間どんな生き方をしてきて、仕事に対してどんな意見を持っているのか、そのことを素直に語れる若者――会社はそうした地に足のついた人材を望んでいるのである。