日本の実力

先進国最低の食料自給率――改善は至難の業

文字サイズ

下方修正された食料自給率の目標

 2015年3月、政府は今後10年間の食料・農業・農村政策の指針となる新たな「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定した。このなかで注目されたのは、国内の食料消費を国産でどのくらい賄えるかを示す「食料自給率」の目標を設定し直したこと、および従来はなかった「食料自給力」という指標を提示したことだ。

 食料自給率は、「国内で生産された食料」を分子に、「国内で消費された食料」を分母に置いて計算する。その示し方には、品目ごとに重量で表す「品目別自給率」と、食料全体を供給熱量(カロリー)または金額で表す「総合食料自給率」の2種類がある。後者はさらに、(1)重量を供給熱量に換算する「カロリーベースの自給率」と、(2)重量を金額に換算する「生産額ベースの自給力」の2つに分かれる。「カロリーベース」は、日本独自の指標で、国際比較する場合は農林水産省が各種国際統計をもとに試算した数値を使用する。

図1 日本の食料自給率の推移

図1 日本の食料自給率の推移

写真を拡大

 この50年間の日本の食料自給率の推移を見ると(図1)、1965年にはカロリーベースで73%、生産額ベースで86%だったが、2013年度にはカロリーベースは39%に、生産額ベースも65%に低下している。

 この長期低下傾向を食い止めようと、農林水産省はこれまで「2020年度までにカロリーベースで50%、生産額ベースで70%」という目標を掲げ、その達成のために補助金で所得補填をして農家の生産意欲を引き出す政策を推進してきた。にもかかわらず、カロリーベースの自給率は、この4年間ずっと39%で推移してきた。

 そこで「新基本計画」では、より現実的に「2025年度までにカロリーベースで45%、生産額ベースで73%」とする目標が打ち出された。カロリーの高い小麦や家畜用飼料のトウモロコシなどは輸入に依存しているため、穀物が中心となるカロリーベースの自給率はどうしても低くなる。いっぽう、野菜や果樹は、低カロリーでも高く売れるため農家の作付け意欲は強い。この現実を直視して、カロリーベースより金額ベースの自給率向上をめざし、付加価値値の高い果物や果樹などの作付けを重視する「稼ぐ農業」に転換する、というのが新目標設定の狙いである。

 その背景には、消費者の食生活の変化があることも見逃せない。日本では1960年代から次第に食生活の洋風化、多様化、簡便化、外食化などが進み、それにともない肉類や家畜の飼料となるトウモロコシなどの輸入食料が増え、輸入種子による作付けも増大した。「新基本計画」は、自給率低下をもたらすこの流れを意識して、自給率を設定している。

世界一の農産物純輸入国

図2 食料自給率の国際比較

図2 食料自給率の国際比較

写真を拡大

 図2は、農林水産省がFAO(国連食糧農業機関)などの統計をもとに算出した総合食料自給率の国際比較を示したものだ。日本は先進国のなかで、生産額ベースでは一定の競争力があるが、カロリーベースではかなり低い。

 穀物に絞った自給率で見ると、日本の立ち位置はより鮮明になる。農林水産省「世界の食料自給率」によると、OECD(経済協力開発機構)加盟国の穀物自給率は、34カ国中1位がオーストラリアで291%、2位はカナダ202%。以下、ハンガリー、フランス、チェコと続き、米国が118%で6位、ドイツが103%で14位、イギリスが101%で15位。日本は28%で最低水準の29位である。

 先進国で最低レベルという日本の自給率の裏側にあるのが、増え続ける食料輸入だ。財務省「貿易統計」によれば、2014年の農産物輸入額は6兆3223億円、輸出額は3569億円で、貿易収支は5兆9654億円の赤字である。この赤字は1960年には5593億円にすぎなかった。半世紀を経て約10倍に拡大したことになる。日本はいまや世界一の農産物「純輸入国」なのだ。

 農産物の輸入額が世界でもっとも多いのは米国であるが、輸出額第1位も米国である。米国同様、オランダ、フランスなども、輸入大国でありながら、輸出のほうがさらに多い「純輸出国」である。貿易収支バランスの悪い日本と大きく異なる点だ。

 日本の農産物の輸入品目は、消費者の食生活や嗜好の変化を反映して時代によって変化する。1960年代の輸入金額上位5品目は、小麦、大豆、粗糖、トウモロコシ、牛脂だったが、90年以降は畜産物が増え、2014年には豚肉、トウモロコシ、タバコ、牛肉、生鮮・乾燥果実の順となっている(農林水産省「農林水産物輸出入概況」)。日本はトウモロコシと肉類の輸入では世界シェア第1位である。

 農産物の輸入先は、2014年実績(金額)で米国が1位で25.5%、以下中国、オーストラリア、カナダ、タイがベスト5を占めている。この5カ国の合計シェアは、全体の6割近くにのぼる。食料輸入は、もともと為替の動きや災害などによる国際需給の変動の影響を受けやすい。日本のように特定の国への輸入依存度が高ければ、さらにその国の輸出政策の影響を受けることになる。リスク分散のため、輸入先の多元化が求められるゆえんだ。

日本国民は非常事態に耐えられるか

 食料の輸入大国である日本にとって、いちばん危惧されるのは、戦争などで輸入が途絶えてしまう非常事態だ。「新基本計画」で「食料自給力」という新しい指標を提示したのは、そうした事態を想定してのことである。

「食料自給力」は、有事に輸入が途絶えたとき、国内でどれだけの食料が生産でき、供給できるかを、国民1人に1日何カロリーという単位で示す指標である。この場合、前提となるのは、花卉(かき)や花木など非食用作物の農地や荒廃農地なども含む全農地を活用して生産したなら、どれだけの生産が見込めるかという潜在生産高だ。「2013年度における食料自給力指標」では、この潜在生産高の試算をもとに「国民1人が体重を保つために1日に必要とするカロリー」を2147kcalと設定し、献立に応じてABCDの4つの作付けパターンを例示している。

 パターンAは、現在の日本人の食生活に近い米、小麦、大豆を中心に、ある程度の栄養バランスを考えた献立を想定して作付けするもの。これだと1495kcalしか供給できず、1日の必要カロリー(2147 kcal)には全く届かない。パターンBは、同じく米・小麦・大豆を中心に、カロリー優先で栄養バランスは考慮しない作付けをするもので、1855 kcalが供給できるが、やはり1日の必要カロリーには満たない。

 パターンCは、イモ類を中心に、ある程度の栄養バランスを考慮して作付けするもの。これだと2462 kcalを供給でき、必要カロリーをクリアできる。パターンDは、同じくイモ類を中心に、栄養バランスは考慮せずに作付けするもので、2754 kcalを供給できる。

 ちなみにパターンDの場合の献立例は、朝食に白飯茶碗1杯、浅漬け2皿、焼き芋2本。昼食に焼き芋2本、サラダ2皿、粉ふき芋1皿。夕食に焼き芋2本、野菜炒め2皿、粉ふき芋1皿、焼き魚1切れ、といったものになる。このほかに焼き肉を18日に1皿、牛乳を4日に1杯、鶏卵を2カ月に1個付けることができる、とされている。

 つまり、消費者が食生活をイモ類中心(パターンCやD)に改めて、生産者がそれに応じた作付けに切り替えれば、非常事態でも国民に必要なカロリーは供給できる、というのが政府の想定だ。しかし、飽食に慣れた現代日本の消費者が、はたして終戦直後のようなイモ類中心の食生活に戻れるのかは不明である。

歴史の教訓を踏まえた英国の食料安保

 食生活の習慣と食料自給率の関係を考えるとき、参考になるのがイギリスである。日本と同じ島国であるイギリスは、国土面積が日本の約3分の2しかないが、カロリーベースで72%、穀物自給率101%という食料自給率を確保している(2012年統計)。なぜか。ジャーナリストの山本謙治氏は、メールマガジン「たべもの最前線」(2015年2月19日号)で次のように述べている。

〈イギリスで重要視されているたべものといえば、今も昔も麦類と酪農製品(牛乳やチーズ)、ジャガイモ、そして食肉である。これらは基本的に国内で生産する率が高い。また畜産の飼料に穀物を大量に使用する日本と違い、基本的に粗飼料と呼ばれる草資源と、国内でまかなえる穀物を使用している。だからイギリスで霜降り肉に出会うことはほとんど無い。イギリスでは食習慣がほとんど変化していないので、昔から生産されている、イギリスの気候風土に合った農畜産物がそのまま受け入れられているのだ。(中略)日本の食料自給率が低い一番の理由は、日本で生産しやすい食料を日本人自身が選んでいないということだ〉

 イギリスは気候風土に適った食料を生産し、食べる習慣を守っている、だから自給率が高いというわけだが、そこに自然条件の違いがあるのも事実だ。イギリスは平野部が多く、国土の7割にあたる1733万haの農地を有する。日本は国土の7割が森林で、農地面積は456万haしかない。この違いは自給率の差につながる。

 イギリスにはかつて大英帝国として世界に君臨し、世界中の植民地から運ばれる安価で豊富な輸入食料に依存する“飽食国家”だった時代があった(食料自給率は1914年で42%)。居ながらにして世界の食料を手にする「甘い現実」が崩れたのは、第1次世界大戦中の1917~18年だった。世界各地から食料を運ぶイギリスの商船(輸送船)が、警告なしに魚雷攻撃を仕掛けるドイツの潜水艦Uボートの前にことごとく撃沈され、輸入が途絶えたのだ。イギリスは未曾有の食料難に襲われた。その防衛策としてロイド・ジョージ首相が考案したのが、商船の周りを海軍の護衛艦が守りながら運航する「護送船団方式」だった。この作戦は功を奏し、Uボートによる被害が激減、食料難は緩和された。

 このときの苦い経験から、イギリスは、その後2度にわたる農業法の改正によって食用食料と飼料用穀物の国産化と輸入抑制政策を進め、自給率の向上を図ってきた。日本より食料自給率が高いのは、そうした政策努力の積み重ねがあったからだ。

 ちなみに第1次大戦では、ドイツも1916~17年にかけて「カブラの冬」とよばれる未曾有の食料危機を経験している。開戦前のドイツはイギリスと同じように食料輸入大国だった。ところが1914年の開戦直後、制海権を握った英国艦隊が、ドイツへの輸入ルートを封鎖したため、食料難が始まった。

 そこに1916年、唯一、国内で自給できていた作物=ジャガイモの大凶作が重なった。ドイツ国民はジャガイモの代わりに不味い「カブラ」(日本のカブとは似て非なる根菜の一種)を買い求めて飢えを凌いだ。それすら買えない都市下層民は飢餓状態に陥り、餓死者の数はじつに76万人にのぼった。1917年から開始したUボートによる商船の無差別攻撃は、食料危機をもたらしたイギリスの海上封鎖を突破するための必死の反撃だったのである。

担い手の育成・確保が自給力向上のカギ

 では、日本は食料安全保障のためにどんな政策をとっているのか。農林水産省は、2015年4月、広報パンフ「知ってる?日本の食料事情」を発行し、食料危機への対応として(1)国内生産の増大、(2)輸入の安定化、(3)備蓄の確保の3つを掲げている。

 なかでも柱になるのが「国内生産の増大」だ。その実現のために必要なのは、優良農地の確保と担い手への農地集積・集約化、担い手の育成・確保、農業技術の革新や食品産業事業者との連携などによる生産・供給体制の構築――すなわち、農業をやる気のある若い担い手に託し、構造改善と効率化を図り、食品産業や流通業の事業者とも連携して川上から川下までを視野に収めた農業の6次産業化を図っていく、というのが農林水産省の方針である。

 しかし、現実には、農業就業者は年々減少の一途をたどっている。かつて1965年には894万人にのぼった基幹的農業従事者(自営農業を主たる仕事とし、ふだん従事している者)は、2014年には168万人に落ち込んだ。しかも、その約6割(105万人)が65歳以上という状況だ。農業の活性化のためには、若い担い手の育成・確保は喫緊の課題である。

 新しい担い手の確保は、食料安保の観点からも欠かせない。これについて、名古屋大学大学院の生源寺真一教授は次のように述べている。〈普段は野菜をつくっていても、(輸入急減など)いざというときに穀物に転作できる農地や担い手がいることが食糧安保には重要だ。輸出拡大は担い手の育成などの効果が期待できる〉(産経新聞2014年7月18日付)。

 新しい潮流も少しずつ現れている。農業を成長産業に押し上げる成長戦略の一環として政府が推進しているのが輸出振興だ。その成果は少しずつ出ている。2015年2月に発表された農林水産物・食品輸出の2014年実績は6117億円と前年比11%の伸びを示した。このうち農産物は前年比13%増という結果だった。

 牽引役は高級品で、アジアの富裕層に向けたイチゴやメロンなどの果実と、高級部位の和牛肉の伸びが著しかった。輸出先は検疫体制の整備された香港が中心だが、今後、日本ブランドの農産物が米国、EU、ロシア、中国などへ市場を拡大する余地は大いにある。

 その追い風となるのが、2013年に和食がユネスコ世界文化遺産に登録され、世界的な和食ブームが起きていることだ。また、福島第一原発事故で日本の農産物の輸入規制を実施した国が徐々に規制を解除し始めたこともプラスに働く。

 とはいえ、米国やEU諸国のような輸出大国になるには、まだまだ道は遠い。これまでの補助金に依存した「内向きの農業」から外向きの「攻めの農業」に転換するための構造改革、そして輸出振興のために国内外の支援体制を官民あげて構築していくこと、この二つの推進エンジンが求められている。