日本の実力

緒についた五輪メダル量産計画

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スポーツの強さとは何か

 スポーツにおける強さを判定するには、競技のルールが共通化されている必要がある。そうでなければ勝敗がつけられないし、自分の記録と他人の記録、現在の記録と過去の記録を比較することもできないからだ。

 スポーツの発祥は世界各地の土着の遊びや神事だが、そうした「民族スポーツ」の時代を経て、ルールを国際標準化した種目が「近代スポーツ」と呼ばれる。1896年に始まった近代オリンピックも、近代スポーツの誕生によって成立した。記録の競い合いは、いわばスポーツのグローバル化とともに始まったのである(古代オリンピックにも競争はあったが、栄冠を得たのは優勝者だけで、2位以下に意味はなく、記録も残されなかった)。

 国際競技力の指標としてオリンピックのメダル獲得数が使われることが多いのは、こうしたスポーツの歴史と無関係ではない。

「オリンピックは選手間の競争であって国家間の競争ではない」というのが近代オリンピックの理念である。オリンピック憲章には、「IOC(国際オリンピック委員会)とOCOG(オリンピック競技会組織委員会)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない」という文言があり、IOC自身が国別メダル数を発表することはない。にもかかわらず、各国が国別メダル数を指標として使うのは、ルールが国際標準化され、完全に民族スポーツから脱した種目がほぼオリンピック種目に限られるからである。

 IMD(国際経営開発研究所)が毎年発表する国際競争力ランキングのように、オリンピックのメダル数以外の要素を含めた総合的なスポーツの国際指標を作るべきだと主張している出雲輝彦・東京成徳大学教授(スポーツ政策学)のような研究者もいるが、現在のところ指標づくりは実現していない。

日本の国際競技力はどのくらい?

表1 国別メダル数

表1 国別メダル数

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 表1は、2012年のロンドン五輪のメダル数ランキングである(順位は総メダル数)。日本の内訳は

表2 人口メダル比

表2 人口メダル比

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 人口の多い国がより多くのメダルを獲得するのは当然であり、逆に人口が少なければ相対的にメダルの価値は高くなる。表2は、総メダル数が15以上だった16カ国を、人口を考慮してランキングし直したもの。たとえば日本のメダル数は38個だから、国民334万人に1人がメダルを得た計算だが、日本とあまり変わらない35個だったオーストラリアは、人口が日本の2割にも満たないため、65万人に1人がメダルを得たことになる。さらに、もし人口規模が日本と同じだったと仮定すると、オーストラリアは193個。つまり日本が193個ものメダルをとったのと同じなのだ。逆に、87個のメダルをとった中国は、人口比でいえば日本よりはるかに低くなる。

 ウサイン・ボルトが陸上100m、200mの2種目を連覇しただけでなく、200mでは金・銀・銅を一国で独占、4×100mリレーではチームが世界新記録で優勝するなど注目を集めたジャマイカは、総メダル数が12だったため、この表では選外だが、もし日本と同じ人口規模ならメダル数562個に相当する。ジャマイカの活躍がいかに並外れだったかがわかる。

 夏季オリンピックでの日本のメダル数は、1964年東京大会で29個と飛躍し、84年ロサンゼルス大会の32個まで20個台で推移した。その後、88年ソウル大会から低迷期に入り、2004年アテネ大会で37個と復活。ロンドン大会の38個は過去最高である。だが人口比でいえば、米ロはもちろん、多くのEU諸国や韓国にも水をあけられていることは表2で明らかである。

人種によって得意な種目があるのか?

 カール・ルイスやベン・ジョンソン、ジャマイカチームの例をあげるまでもなく、「陸上競技に強いのは黒人選手」という定説がある。たとえば、84年のロサンゼルス大会から2012年のロンドン大会まで、男子100m決勝に出場した選手は全員黒人であった。当然ながら、メダル獲得者も全員黒人である。

 こうした定説に根拠はあるのだろうか。人種とスポーツのかかわりについての研究で知られる川島浩平・武蔵大学教授によると、「黒人の身体能力の高さは人種に特有のもの」と素朴に信じる者は、アメリカよりもむしろ日本のほうに多い傾向があるという。なぜなら、アメリカでは黒人選手の台頭が目立った80~90年代に、この問題が大きな論争をまきおこし、研究が進んだ経緯があるからだ。その間には、テレビ解説者が「黒人が優れているのは奴隷制時代に強い男女がかけあわされたから」と発言して解雇されるといった舌禍事件も起きている。

 今日、なぜ黒人が陸上競技に強いのか、その理由はいくつかの例で説明される。たとえば、世界ランキング100位以内のアスリートの人口1人あたりの輩出率を計算すると、アフリカ大陸の平均は世界平均よりやや高い。アフリカをさらに国別に分けると、輩出率が世界平均の6倍という極端に高い国がある。東アフリカのケニアである。しかし、ケニア全体が高いわけではなく、リフトバレー地方に住むナンディという部族が集中して高いのだという。この部族の気質は誇り高く、戦闘的。夜間に他部族から牛を強奪して生活の糧にするならわしがあり、その際は男たちが夜通し長距離を駆け通した。成功すれば英雄となり、よい伴侶に恵まれた。こうした慣習が何世代にもわたれば、長距離を走ることに適性の高い身体能力を獲得するのも当然であろう。しかも、学童期に「長距離を走って」通学することが、その適性をさらに高めたと考えられている(川島浩平『人種とスポーツ』中公新書)。

 いっぽう、西アフリカからは、短距離の選手が多く輩出される。ジャマイカも西アフリカが父祖の地である。ジャマイカの場合は、もともとの身体的特性に加えて、ニューヨークから飛行機で4時間ほどという地理的優位性もあった。アメリカのスカウトたちが気軽に通える場所に金の卵がごろごろしていたということだ。そうしてアメリカで学んだ選手たちが、帰国して多くの後進を育てた。その成果が表れているのが現在のジャマイカなのである。

日本が強いとされている種目とは?

 ロンドン五輪の日本の金メダル数はレスリング4、ボクシング1、柔道1、体操1。過去8回の夏季五輪で柔道は8回とも金メダルをとり、レスリングは5回、体操は3回。この3種目に水泳を加えたあたりが「日本の得意種目」といってよい(水泳はロンドンでは金を逃したが、銀を3個、銅を8個とっており、過去8大会のうち4大会で金をとっている)。

 金メダルの稼ぎ頭である柔道は、日本の民族スポーツがグローバル化した例である。その過程でルールの改定が起こり、日本に不利になるのを繰り返してきた。しかし、それは近代スポーツの宿命といえる。そもそも五輪種目になったのは世界の柔道人口が増えたからだが、スポーツ評論家の玉木正之氏はその理由を、戦前のフランスで柔道を教えた川石造酒之助が技を番号化したり、カラー帯を導入するなど、合理的でやる気の起きるシステムを考案したからだと指摘している。「道」としての柔道の精神性が受けたのではなく、むしろそれを捨てた戦略が功を奏したというのだ(『スポーツ 体罰 東京オリンピック』NHK出版)。

 玉木氏はもう一つ、現代の日本で、バレーボールが19世紀にアメリカで生まれたスポーツであること、「バレー」の意味がテニスの「ボレー」と同じであることを知っている人はほとんどいないが、だからといって何も支障がないことも指摘している。スポーツがグローバル化するとはそういうことなのだ。グローバル化した柔道はもはや「お家芸」とはいえず、日本の「強み」はいつくつがえされてもおかしくないのである。

はじまりは「ソルトレイクの危機」

 日本の国際競技力の衰退がはじめて強烈に意識されたのは、2002年のソルトレイクシティ冬季五輪だった。この大会で、日本は計10個のメダル獲得を目標としていたが、結果は金メダルゼロ、銀1、銅1。つづく2006年トリノ冬季五輪では、メダルは荒川静香の金1個のみとなった。2011年にスポーツ基本法が制定されたきっかけは、このときの危機感であった。

 なぜ日本がダメだったのか。トリノでの中国・韓国選手団との年齢構成の違いを見ると、中韓とも10代から20代前半の選手が大勢を占めるのに、日本は20代後半から30代の選手が多い。次世代を育てることが喫緊の課題であることは明らかだった。

 2008年にナショナルトレーニングセンター(東京・北区)が本格稼働してから、ジュニア選手の育成は徐々に進んだ。また、各種データの分析はもちろん、精神分析や医学面からも選手をサポートするマルチサポート事業が展開され、その成果がはじめて出たのがロンドン五輪だった。

 開催国のイギリスがそうしたように、メダルの狙えそうな種目を選んで予算をつぎこむことも重要だ。そのためにはメジャーでない種目にも目配りが必要になる。ロンドン大会で男子が銀、女子が銅を獲得したアーチェリーはその例だろう。

 種目転換という手法もある。競技人口の多い種目には、才能のある選手が多いが、トップになれる選手は限られているため、多くは日の目を見ずに終わってしまう。そうした埋もれた才能を発掘し、競技人口の少ない種目に転換させるのだ。たとえば2010年バンクーバー冬季五輪の女子スケルトンで金メダルをとったイギリスのエイミー・ウィリアムズは、もともと陸上選手だった。イギリスのタレント発掘事業によってスケルトンに転換、わずか5年後に金メダルを獲得した。

 日本でも、東京都や北海道美深町で、この転換事業が行われている。東京都は競技人口が多いため、才能があるのにトップに立てない選手が多い。また北海道美深町では伝統的にトランポリンをする子供が多く、その基礎を生かしてフリースタイルスキーのエアリアル選手を養成する仕組みだ。

 どの種目にしても、最も理想的なのは、金、銀、銅のメダル数がピラミッド形になることである。突出した選手が1人いて金メダルをとりつづけるだけでは未来はない。継続してメダリストを輩出するためには、裾野の広さこそが重要なのである。

 5月13日、スポーツ庁設置法が国会で成立し、今年10月の発足が正式に決まった。今後、縦割りだったスポーツ政策をスポーツ庁が統合し、2020年の東京オリンピックで金メダル獲得数世界3位をめざす。数にして30個程度

 だが、メダルへの渇望は、いっぽうで危険な勝利至上主義をもたらしかねない。海外でドーピング汚染が広まったのはそのせいだし、日本にはドーピングのかわりに体罰・パワハラ問題がある。先ごろ、上位の者への絶対服従を強いる柔道界の体質が暴露されたが、この体質には根深いものがあり、もちろん柔道だけが抱える問題ではない。

 国のスポーツ力とは、たんに国際競技力を指すわけではない。スポーツを通して国際的な存在感を発揮するのが最終的な目標であるなら、メダルの数はその一要素でしかない。かつてオリンピックを国威発揚の場とした東ドイツは、1970~80年代、ソ連に次ぐメダル量産国だったが、その背後にあったのはアスリートへの徹底した管理とドーピングの横行だった。世界はそれを知っており、メダルの数によって東ドイツを重んじることはなかったのである。