「日本の論点」ウェブサイト開設にあたって

2001年から2012年までの10年間、論争誌『日本の論点』(文藝春秋刊)のインターネット版として運営していたウェブサイトは、このたび、あらたにウェブサイトを開設して再スタートすることになりました。

年刊論争誌『日本の論点』は1992年、文藝春秋と編集プロダクション弘旬館(「日本の論点」編集室)の共同企画によって創刊されました。ソビエト社会主義が崩壊した翌年のことです。それまで対立する二大超大国の一方の側、アメリカの核の傘に入ることで経済的繁栄を享受してきた日本は、この米ソ冷戦構造の終焉によって、大きな価値観の変更を迫られるはず、というのが創刊理由でした。「結果の平等か機会の平等か」「大きな政府か小さな政府か」「市場原理によって生まれる格差社会を是とするのか、否か」――はたして日本はどこに向かうべきなのか、年を追うごとに深化する議論は、まさに日本の自立への歩みと軌を一にします。

以来、20世紀の終わりの10年と、21世紀初頭の10年という時代の結節点を挟んだ20年のあいだに、日本社会の議論は、2度の政権交代を経て収斂していきました。イデオロギーで色分けされた対立軸の終わりです。2009年、民主党が政権の座について3年強、その政策に自民党と決定的な差異がなかったことがそれを物語っています。言い換えれば、このとき論争誌としての『日本の論点』は一定の役割を終えた、というのが終刊の第一の理由です。

もう一つの理由は、論壇で活躍する論客の方々が、ご自身でブログやSNS上で随時発言するようになったことです。もはや年間を通じて日本社会をにぎわせた論争を一冊に集大成する理由は薄れました。かくして『日本の論点』の論争を格納し、再録するウェブ版も終了せざるを得ませんでした。

ではなぜ、いままたウェブ版を再開するのか。

それは、かつて日本社会について熱く論じられたテーマが、今日また再燃してきたからにほかなりません。

の代表的な議論が、これからかまびすしくなるであろう「集団的自衛権の行使容認の是非」、そしてそれに連なる「憲法改正」についての議論です。創刊以来、安全保障ほど活発に論じられたテーマもありません。この20年を俯瞰してみると、このテーマで日本人の思潮がいかに揺れ動いたかがわかります。それは『日本の論点』創刊当時の1992年に生まれた世代が成人年齢に達したこと、その当時少年少女だった若者たちが社会人として活躍する年代に達したことと無縁ではありません。

米ソ対立から米中均衡の時代へ、安全保障環境が激変をとげたいま、日本人がどんな議論をどんな経緯をたどり今日にいたったのか、次の世代にために選択肢を掲示する必要があると思われるからです。

ウェブサイトを再開しようと考えた第二の動機は、2011年に起きた東日本大震災によってあぶりだされた日本人の宿命といってもよいテーマの出現です。3.11は、世代を問わず日本人の心象に大きな影響を与えずにはおきませんでした。日本人が世界でもまれな地震列島に住んでいるという事実は、防災意識を高めることになったばかりか、諦念に近い死生観も醸成させることになりました。とりわけ福島第一原発事故は、私たち日本人の世界観を変えたといって過言ではありません。

このまま経済成長をつづけるべきなのか、減速させても廃棄物を出さない生き方を選択すべきなのか――「原発ゼロ」論は、日本人は何を目標に生きるのかという人生観に対する問いにほかなりません。まさに古くて新しい論点の浮上です。

以上が、当ウェブサイトの開設のおもな動機です。再スタートにあたっては、年表や図表を多用し現在と過去をシンクロさせながら近未来を予測するとともに、日本のあるべき姿を皆さんとともに考えていきたいと思います。変化の振幅が大きく、価値観が激しく変動する今日、あらたな見識の構築に当ウェブサイトを役立てていただければ幸いです

開設にご協力いただいた毎日新聞社のご厚意に感謝いたします。

2013年12月 「日本の論点」編集室